主食が足りない―令和のコメ不足:その真相は?
なぜ農林水産省は対策を講じないのか?
コメは、9月ころに収穫したものを倉庫で保管し、翌年の収穫時までならして販売・消費する。最近になってスーパーの店頭からコメが消えているのは、今の時期が端境期になっているからである。しかし、昨年産米が高温障害を受けていたことは1年前に分かっていたのに、100万トンのコメを備蓄している農林水産省は、なぜ今まで対応してこなかったのだろうか? 数年前からJAと農林水産省は農家にもっと生産を減らすように指導してきた。コメの全農と卸売業者との取引価格は、60キログラムあたり、2021年産1万2804円、22年産1万3844円、23年産1万5306円(8月は1万6133円)で、この2年間で20%も上昇し10年ぶりの高米価となった。さらに、今年産の概算金(JAが農家に支払う仮払金)の価格は、前年産より2~4割上昇している。米価の上昇はJAと農林水産省にとって成果以外の何物でもない。備蓄米を放出すれば、供給が増えて米価は下がってしまう。 農林水産省は、いずれ今年産の新米が供給されるので、コメ不足は解消されると言う。しかし、今年産米は本来今年の10月から来年の9月にかけて消費されるものだ。今それを先(早)食いすれば、来年8月ころの端境期にはまたコメが不足する。さらに、今年も猛暑だった。だから、米価は下がらないのだ。
根本的な対策は減反廃止、直接払いと二毛作復活
政府は財政負担を行って国民に安く医療サービスを提供している。減反は、農家に3500億円もの補助金(納税者負担)を出して供給を減らし米価を上げる(消費者負担増加)という異常な政策である。主食のコメの価格を上げることは、消費税以上に逆進的だ。 1961年から世界のコメ生産は3.5倍に増加しているのに、日本は補助金を出して4割も減少させた。食料自給率低下は当然である。戦前農林省の減反案をつぶしたのは陸軍省だった。減反は安全保障とは真逆の政策だ。 減反を廃止すれば、1700万トン生産できる。国内で700万トン消費して1000万トン輸出していれば、国内の需給が増減したとしても輸出量を調整すればよいだけである。 今ではカリフォルニア米との価格差はほとんどなくなり、日本米の方が安くなる時も生じている。減反を廃止すれば価格はさらに低下し、輸出は増える。国内の消費以上に生産して輸出すれば、その作物の食料自給率は100%を超える。コメの自給率は243%となり、全体の食料自給率は60%以上に上がる。最も効果的な食料安全保障政策は、減反廃止によるコメの増産と輸出である。平時にはコメを輸出し、輸入途絶という危機時には輸出に回していたコメを食べるのである。今備蓄米に毎年500億円かけている。平時の輸出は、財政負担の必要がない無償の備蓄の役割を果たす。 しかし、減反は廃止できない。減反はJA農協発展の基礎だからである。高い米価でコストの高い零細な兼業農家が滞留した。かれらは農業所得の4倍以上に上る兼業収入(サラリーマン収入)をJAバンクに預金した。また、農業に関心を失ったこれらの農家が農地を宅地等に転用・売却して得た膨大な利益もJAバンクに預金され、JAは預金量100兆円を超すメガバンクに発展した。減反で米価を上げて兼業農家を維持したこととJAが銀行業と他の事業を兼業できる日本で唯一の法人であることとが、絶妙に絡み合って、JAの発展をもたらした。 減反補助金を負担する納税者、高い食料価格を払う消費者、取扱量の減少で廃業した中小米卸売業者、零細農家滞留で規模拡大できない主業農家、輸入途絶時に食料供給を絶たれる国民、すべてが農政の犠牲者だ。特に、政治力のないコメの販売業者は、農政に抗議をすることもできず、店をたたみ消えていった。農林水産省は「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とする日本国憲法第15条第2項に違反している。 米価が下がるとコメ生産が維持できなくなるという指摘がある。しかし、コメ生産を維持するためにコメ生産を減少させる(減反である)というのは矛盾していないか。アメリカやEUは農家の所得を保護するために、かなり前から価格支持ではなく直接支払いという政府からの交付金に転換している。米価を下げても主業農家に直接支払いをすれば、主業農家だけでなくこれに農地を貸して地代収入を得る兼業農家も利益を得る。財政負担は1500億円くらいですむ。 以前は、麦を収穫した後の6月に田植えをしていた。それが兼業化によりゴールデンウィークの期間になり、二毛作は消えた。田植えを元に戻し10月にコメを収穫すると高温障害はなくなり、麦の生産が増加し食料自給率はさらに上がる。 国民のために政府が行うべきことは、減反廃止、直接支払い、二毛作復活である。
【Profile】
山下 一仁 キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、経済産業研究所上席研究員。1955年生まれ。1977年農林省(現・農林水産省)入省。欧州連合日本政府代表部参事官、農水省地域振興課長、農村振興局次長などを歴任。2008年農水省退職。著書に『TPPが日本農業を強くする』(日本経済新聞出版社、2016年)、『バターが買えない不都合な真実』(幻冬舎、2016年)、『いま蘇る柳田國男の農政改革』(新潮選書、2018年)、『日本が飢える! 世界食料危機の真実』(幻冬舎新書、 2022年)、『国民のための「食と農」の授業 』(日本経済新聞出版本部、2022年)など。