親切だった隣人の目的は保険金だった…ひき逃げで夫を亡くした70代女性が田舎暮らしに絶望するまで
■「支払いは後でいいわよ。保険が下りてからで……」 翌朝、加代子は玄関の戸を叩く音で目が覚めた。この地域の住職の妻・敏子が差し入れを持って来てくれていた。 「しっかり食べなくちゃだめよ」 敏子は、台所に入り、持参した食材で調理を始めた。加代子は敏子の顔を見てハッとさせられた。葬儀をせねば……。悲しんでいる暇などないのだ。 「お葬式のことは任せて。和夫がビラ作ってたよ。早く、犯人見つかるといいね」 犯人はまだ捕まっておらず、加代子は警察に行かなければならなかった。葬儀の件は、敏子に任せることにした。加代子は、人々の温かさに心から感謝した。 賢治の葬儀には、沢山の人々が駆け付けてくれた。しかし、会場を見た加代子は一瞬、不安が過った。 「敏子さん、ありがとう。でも、こんな立派なお葬式……。うちにはとても……」 「何を言ってるの! みんな悲しんでるんだから……」 敏子はそう言って、加代子を励ました。 「困ったことがあったら、いつでも言ってね。それから支払いは後でいいわよ。保険が下りてからで……」 保険……。加代子はまたハッとさせられた。夫を失った悲しみでいっぱいの加代子には、とても先の事を考える余裕などなかった。 ■「ちょっと、力貸してもらえない?」 一週間後、住人の協力によって、賢治を轢いた犯人が逮捕された。 「これでお父さんも成仏できるかな……」 加代子は胸を撫で下ろしていた。それからしばらくして、和夫が家に訪ねて来た。 「捕まってよかったね。とにかく、ビラ撒いたりとか、大変だったよ」 「和夫さん、本当にありがとう。和夫さんのおかげです」 加代子は、和夫のために買っておいた酒と果物を渡した。ところが、和夫は何か話があるのか、なかなか家を出て行こうとしないのだ。 「賢治さんもいなくなっちゃったし、なんかあったら俺が車で送っていくから」 「そんな、和夫さん、そこまで気を遣っていただかなくても……」 「こんな昼間っからここにくるってことはさ、俺、困ってるんだよ」 「え……」 「しばらく仕事なくてさ……」 和夫は板金屋で、賢治とは付き合いがあったが、加代子は仕事の事まではよく知らなかった。 「ちょっと、力貸してもらえない?」 「ちょっとって、お金ですか? いくら必要なんですか?」 「すぐに、50」 「50万? そんなお金ありません」 「保険入ったって聞いたけど……」 「いえ。お金の事はすべて息子に任せていますから……、私にはわからないんです」 「じゃあ、30とかなんとかならない」 「だから、家にはお金がないんです……」 「20」 「帰ってもらえませんか……」 「10でも。ほんと困ってるんだ。困った時は助け合うもんだろ」 加代子は溜め息をつき、箪笥の中にしまっていた財布から10万円を取り出し、和夫に渡した。あの日、事故の後、病院まで送迎してもらった交通費と考えても高くついたものだ。 「和夫さんごめんなさい。もう、家に来られてもお金はありませんから」 加代子はそう言って和夫を追い出すと玄関の鍵を閉めた。