張本智和・早田ひなペアを波乱の初戦敗退に追い込んだ“異質ラバー”。ロス五輪に向けて、その種類と対策法とは?
ムカルジー使用のアンチラバーは『ゴリラ』
余談だが、ムカルジーが使用しているアンチラバーの製品名は『ゴリラ』というものだ。ドクトル・ノイバウアー社という会社が作っている製品となる。このメーカーは「ほぼ、異質ラバーを作ることに徹した専門メーカー」で、一部のコアな卓球選手の間で熱狂的な人気を誇る。他にも『バッファロー』『タランチュラ』『グリズリー』など、おおよそ卓球のラバーとは思えない強烈なネーミングで高価なアンチラバーを次々と発売。独自の路線を歩んでいる。 日本国内においては取り扱い自体は少ないが、ノイバウアー社の異質ラバーの新作を心待ちにしてネットショップで買い求めるファンもいるほどだ。また、10年ほど前にネットショップ発の動画で人気に火がついた「グラスディーテックス」(ティバー社)という一枚の粒高ラバーが、爆発的に売れたことがあった。このあたりから、「異質を貼っている=打たれる、あまり強くない」というイメージが少しずつなくなり、むしろ「他人が貼っていない異質ラバー(特に粒高ラバー)を貼っていることが個性」と考えるアマチュアの卓球選手が増えた印象だ。 どのスポーツにもある「自分だけの道具」を持つ楽しみといったところか。異質ラバーにはこうした、所持していることによる楽しみ方もある。このあたりは卓球業界の“少しだけ濃い話”だ。
異質ラバー攻略のカギは? どう対策するべきか
異質ラバー攻略のカギはどうするべきか。 カットマンを除けば、異質ラバーの選手はだいたい“前にいる”。台に張りついて構えることが多い。下がると、振り抜く攻撃力があるわけではないので、あまり台の後ろに下がりたくない選手が多い。そこを突くのが有効だ。 具体的な方法は二つ。一つはあまり台から下がれないという弱点を突く「高速ロングサーブ」を出すこと。つなぎのラリーを長引かせないで“一発抜き”で仕留めにいく作戦だ。 もう一つは、粒高ラバーはこちらの回転量が多ければ多いほど、返球される時に不規則な変化を生むため、ナックルサーブを多用し、粒高ラバーでボールを“つかみ切れない”ようにする作戦もある。 ただし、世界選選手権でのインドのムカルジーにも、パリ五輪での北朝鮮のキムにも共通して言えることがある。それは彼女たちは決して「ラバーの力だけで勝っているわけではない」ということだ。 ムカルジーからも、キムからも、「猛練習をした形跡」が見てとれる。異質ラバーは、使いこなすのは難しい。特に、ムカルジーのアンチ、そしてキムの粒高は、ナックルや変化があるとはいえ、なかなか攻めることができないのが難点だ。そして「相手がトップ選手になると、少々変化するくらいでは、豪快に打たれやすい」という弱点もある。 使いこなすのが難しく、打たれ放題にもなりやすい。だからこそ、多くのトップ選手は、粒高ラバーとアンチラバーの使用をわざわざ選択しようとしない。ムカルジーもキムも、ある程度、覚悟のようなものを持ってこの異質ラバーを使う選手になったはず。 その上で精度を極限まで高めており、豪快な攻撃のボールが来ても、カット性ショートでブロックし、キムは張本・早田ペアの動きをしっかりと止めていた。そしてその隙をついて、次のチャンスボールを男子のリ・ジョンシクが逃さず攻撃していた。この戦法が完全にパターン化されており、パターン化されていたということは、自国で猛練習を積んできているという証拠だ。 世界にはまだまだ隠れた猛者がいる。大舞台の開幕戦でいきなりそれを思い知らされることになったのが、パリ五輪の混合ダブルスだった。 卓球におけるジャイアントキリングが起きる時、そこにはいつも異質ラバーの存在がある。 これから始まるロサンゼルス五輪に向けた戦いの中でも、下克上を狙い日々鍛錬を積んでいる異質ラバーの使い手たちは、目が離せない存在になりそうだ。 <了>
文=本島修司