座敷でひとり、ビールを手酌で。
大人への道中、時に迷うことがあっても、慌てず騒がず諦めず。自分を見失うことなく着実に歩を進めるべく、携えてほしい一冊がある。それは、昭和を代表する時代小説家、池波正太郎が残した『男の作法』。身だしなみ、食、女性、家……。1981年、58歳の池波センセイが自身の来し方より導き出した、微に入り細を穿つ“大人の男のあり方”は今もなお、僕らの心に響く。 優等生を目指す必要はないけれど、意識するところから、大人への道は始まる。
『男の作法』より
ビールの本当の飲みかたというのは、まずお酌で一杯飲むのはしょうがないね。それをグーッと飲んだらビールをまず自分のところへ置いとくんですよ。そして自分の手でやらなきゃビールというのはうまくないんだ。
すっと背筋を伸ばし、端正にたたずまう。
ビールは瓶で手酌が池波流。そして「三分の一くらい注いで、それを飲みほしては入れ、飲みほしては入れ」とやる。そうするとコップの中でぬるくなったり、気が抜けたりもせず、いつでもウマいという理屈だ。逆にやってはいけないのが、飲みかけにつぎ足すこと。気配りのつもりで、一緒に飲んでる人にもつぎ足してたけど、それこそ池波センセイに言わせると「一番ビールをまずくする飲み方」で「愚の骨頂」。厳しいのだ。
大人になるなら、ビールの飲み方にもこだわりを。さらに座敷でひとり、飲めるようになれば申し分ない。中島さんが訪れたのは『駒形どぜう浅草本店』。創業から214年間、変わらず駒形橋のたもとにあって、江戸の風情とどじょうの味を今に伝える店。池波センセイ御用達で、「どぜうなべ」をたびたび食べていたといわれているし、実践にもぴったりの場所だ。
1階の入れ込み座敷に陣取って、まずはビールから。中島さんは普段はジョッキで飲むことが多いようだけれど、この日はもちろん瓶とコップで。「確かにこういう落ち着いた雰囲気には、瓶ビールが合いますよね。座り方もいきなりあぐらっていうよりは、最初は正座をしたほうがいいような気がします。場所の空気感を大切にしたいので」と言いながら、中島さんは背筋を伸ばして座る。風情ある座敷の空気を察して、すっと馴染むように身を置いた。いろんな場面を身ひとつで表現する役者らしい振る舞い。場に馴染むっていうのは、大人の男にとって必要なことだ。