朝食に鍋料理なんて…味の素は「献立を提案するAI」に食事の楽しさをどう教えたのか?
● 課題は「よりAI本来の創造性を生かす」「計算時間と献立の質の両立」 勝美さんは、プロジェクトの成果と課題をこう分析する。 「大きな成果は、味の素の知見と管理栄養士のノウハウをAIに徹底的に反映できたことです。今後、サービスの成長とユーザー数の増加にともない、蓄積されるデータがAIの真価をさらに引き出すと期待しています。一方で、私たちが『現場はこうだ』『この研究結果によれば』と言いすぎてしまって、正直なところAI本来の可能性を最大限に活かせているか疑問です。もっとAIに委ねる部分があっても良かったかもしれません」(勝美さん) 常識にとらわれすぎず、「朝食に鍋」を受け入れてみることも、AIの創造性を引き出す鍵となるかもしれない。 技術面では、計算時間が課題だ。「献立作成の速度を上げることで、さまざまなサービス展開が可能になります。しかし現状では、計算時間を短縮すると献立の質が低下する可能性があり、逆に質を向上させようとすると計算時間が長くなってしまうというジレンマがあります」(村田さん) 現在の「未来献立」は、最大8パターンの献立を同時に生成する仕様だが、これはユーザビリティと計算負荷のバランスを考慮した結果のようだ。 味の素の企業パーパスは、「10億人の健康寿命の延伸」だ。村田さんは、「10億人規模のサービスにすることを考えると、現在のアプローチでは耐えられない部分がある」と語る。「計算量を抑えつつ、現在の品質を維持する新たなアプローチが必要です。例えば、現在のAIとは別に、新しいAIモデルを開発し、両者を競争させることで相互に高め合ったり、2つのAIが協力することで、計算量を下げつつクオリティを担保するような方法も考えられるかなと思います」(村田さん)
● AIプロジェクトの真髄は、目的意識と執念 リリース以降、「未来献立」は目標を大幅に上回るユーザー数を獲得。2023年11月には明治安田生命の「MYほけんアプリ」にAPIを提供し、味の素では初となるデジタルサービスの外販を果たした。今後はさらにBtoB展開も強化する方針だ。 「未来献立」の開発からは、AIプロジェクト成功の本質が見えてくる。勝美さんは「AIを目的化しては本末転倒。あくまで手段」と強調する。広瀬さんも「現場の課題や事業・サービスとしてやりたいことを起点に、AIをどう活用するか、という順番で考えるとうまくいく」と語る。 着実に成果を上げる一方で、勝美さんは新規事業の厳しさも語る。 「『未来献立』のようにサービスインに漕ぎ着けるのは、ごくわずか。新規事業の大半は淘汰されていきます。かけられる費用も決して十分とは言えません。そこをどう守り抜くかです。『なぜやるのか』と問われて『引き継いだだけ』という姿勢では、だいたい失敗します。どれだけ自分の意思を強く持てるかです。それは、もはや執念……執念だけで生きています(笑)」 執念が生み出した「未来献立」。勝美さんの言葉は、AIプロジェクトに限らず、あらゆる仕事に通じる真理だろう。
酒井真弓