「ここはムーミン谷だ!」発達障害当事者の文学者が語る“なぜムーミンパパには放浪癖があるのか”
注意欠如多動症とムーミンパパの放浪癖
ムーミンパパの放浪癖は、シリーズ全体をとおして何度も強調されています。じつは自閉スペクトラム症には、不注意、多動、衝動性などを特徴とする注意欠如多動症(ADHD)がしばしば併発します。そして注意欠如多動症の人にはしばしば放浪癖が付随します。 ムーミン・シリーズのキャラクターでは、先ほどの引用で名前が出ていたニョロニョロのほか、スナフキンにも放浪癖があります。ヘルシンキとフィンランドの島々を行き来しながら人生を送り、よく海外旅行にも出かけたトーベ自身にもその傾向があったかもしれませんね。 作中にはボーイ・ミーツ・ガールの物語が挿入されています。赤いチューリップのなかに住んでいる輝く青い髪の少女チューリッパが旅の仲間に加わるのですが、野原の真ん中にある塔に住んでいる赤い髪の少年と恋に落ち、一行から離脱します。 トーベは「序文」で「コローディ(青い髪の少女)」について言及していますから、チューリッパはカルロ・コッローディが書いた『ピノッキオの冒険』に登場する「青い髪を持った少女」にインスピレーションを得たことがわかります(『洪水』p.5、コッローディ 2016: 91)。この少女はディズニーアニメの『ピノキオ』では、「ブルーフェアリー」(青いドレスを着た金髪の妖精)に姿を変えています。 また花のなかから姿を表すさまは、アンデルセン童話の『おやゆびひめ』を連想させます。全裸の絵が描かれているのは、バイセクシャルだったトーベらしい演出かもしれません。『小さなトロールと大きな洪水』で描かれたボーイ・ミーツ・ガールの物語は、シリーズののちの作品で何度も変奏されます。多くのニューロマイノリティが同じことを何度も話題にしたがるのと同様に。 ここで、ちょっとした余談を披露しておきましょう。『小さなトロールと大きな洪水』が刊行された1945年、スウェーデンではアストリッド・リンドグレーンの『長くつ下のピッピ』が刊行されました。スウェーデン語の児童文学として画期的なシリーズが同年にふたつも始まったのですね。 1969年から1972年にかけて、中断を挟みつつ昭和版のムーミンが放映されていましたが、このアニメ版は大胆なアレンジを導入していたために、トーベの不興を買ってしまいました。1971年には『長くつ下のピッピ』をアニメにする計画が高畑勲、宮崎駿、小田部羊一らによって始まりましたが、リンドグレーンは『ムーミン』の状況を知っていたかどうかわかりませんけれども、日本人によるアニメ化を許可しませんでした(高畑ほか 2014: 2)。 『長くつ下のピッピ』が頓挫して高畑、宮崎、小田部たちが作ったのが、日本のアニメ史上でも画期的な意味を有する─日本アニメの世界的な成功の端緒として、またジブリアニメの先駆として重要な─『アルプスの少女ハイジ』でした。この作品は、昭和版ムーミンと同じく「カルピスまんが劇場」の枠組みで放映されました。
横道誠