続々と明らかになる睡眠と学習の密接な関係、寝ている間に勝手にレベルアップする現象も
さまざまな脳波や脳の場所との関連についても見えてきた
レム睡眠、ノンレム睡眠のようなマクロな睡眠構造だけではなく、特定の周波数や振幅の睡眠脳波などミクロな睡眠特性もまた記憶固定に関わっている証拠も増えている。 例えば、ノンレム睡眠時の脳波に見られる周波数12~14Hzの「睡眠紡錘波」も記憶に関わっている。睡眠紡錘波は感覚情報の中継路である視床と情報の受け皿である大脳皮質との間で生成される脳波で、大脳に伝える情報量を調節し、物事へ注意を向ける機能と関連している。 一部の精神疾患では睡眠紡錘波の周波数や振幅が低下するなどの異常が認められ、その障害の程度と記憶力との間に関係が認められている。逆に、睡眠薬の一種が睡眠紡錘波を増加させるのと並行して記憶固定を促進したとの報告もあり、睡眠紡錘波と記憶との関係を示唆する証左として注目された。 また、記憶に重要な脳部位である海馬では、徐波睡眠時に100~200Hzの速波(リップル波)が1Hz前後の大きな振幅の鋭波とともに出現し、「海馬鋭波リップル」と呼ばれている。覚醒中に物事を学習すると、それに該当する神経活動パターンが海馬に刻まれるが、睡眠中にそのパターンを「再生」することで神経回路が確固たるものになる。その際に海馬鋭波リップルが同時に出現することから、記憶固定に重要な脳波と考えられている。 そのほかにもレム睡眠時に「脳幹の橋(Pontine)」で発生し、「外側膝状体(Lateral geniculate nucleus)」「大脳皮質の後頭葉(Occipital cortex)」へと伝わる「PGO波」などが記憶固定に関わることが明らかになっている。PGO波の経路は視覚情報のそれと似ているため、夢と記憶の関係についても様々な仮説が出されている。DNAのらせん構造の発見で有名なフランシス・クリックはPGO波が不要な記憶を消去するのに役立っていると主張して注目を集めたが、その後の研究では否定的意見が多い。 さて、睡眠中に出現する睡眠段階や脳波変化が記憶固定に深く関わっていることを証明するため、マクロおよびミクロな睡眠構造の異常が生じやすい精神疾患の記憶障害についても研究が行われてきた。もっともよく研究されているのは統合失調症の睡眠と記憶の障害の関係である。統合失調症患者の50~80%が不眠症状を抱え、睡眠時間が短くなり、徐波睡眠やレム睡眠が減少するのと同時に、睡眠紡錘波の振幅や量も減少する。 睡眠障害と並行して統合失調症では先に説明した宣言的記憶や手続き記憶の障害も目立つ。先に紹介したキーボードのタップ訓練(手続き記憶)を行っても睡眠後の記憶固定現象が認められず前日の技能向上と同程度に留まることが明らかになっている。しかも睡眠紡錘波の量が少ない患者ほど手続き記憶による技能向上が乏しかったという。