「“辛い体験のおかげで強くなれた”って、ムカつくんですよ」寺地はるなが『雫』で描いた“怖がらなくてもいい”未来
一本筋が通った生き方も、それ以外の生き方も
――登場人物のうち、しずくは中学生の頃から職人の世界に足を踏み入れます。ああいう一本筋が通った生き方は寺地さんの作品にたびたび登場する印象があるんですが、意識して入れているんですか? 寺地 私の周りにも、しずくのような生き方をしている友達がいます。10代で決めた仕事を今でも続けていて、やっぱりすごいなって感心します。私はそういう感じの生き方じゃなかったから。 でもそれがベストだと決めつけなくてもいい、とも思っています。「そういう生き方もいいね」と、1つの形として作品に入れたいとは思いますけど、唯一の正解として描くつもりはありません。 ――では、書き進める中で、予想外の動きをした登場人物はいますか? 寺地 主人公の永瀬はもう少し内向的というか、あまり好きな言い方ではないですけど、こじらせているところがあると思っていたんです。でも結果的に元気で素直な人になりましたね。 書きながら「あれ、この人はあまりこういう感じじゃないんだな」と思うことってよくあるんです。私が考えている物語だから私の自由にできるかというと、そうでもない。すでに登場人物の性格があるんです。それを私が見つけなきゃいけない。それはもう書かないとわからないので、書く。そのうち出てきたら、原稿を振り返ってそっちに寄せて書き直す。なんなら、話自体を変えてしまうことすらあります。
小説を書くのが楽しいから続けられる
――寺地さんご自身についても伺っていきたいです。精力的に執筆を続けていますが、その原動力はどこから生まれるんですか? 寺地 「作品を送り出さなければ」「世の中に伝えなくちゃ」みたいな使命感はあまりなくて、「ご依頼いただけるから」というのが正直なところですね。 でも、私は小説を書くのがすごく楽しいんです。本当は「苦しくて」とか、かっこいいから言いたいんですけど、ただ楽しいから続けています。だから原稿のご依頼をいただけるうちは、それなりに必要とされているのかなと思って応えていきたいと思っています。 ――小説を書くときに一番楽しいのはどんな時なんですか? 寺地 第一稿を書き切るまでは頭の中から出す作業だから割としんどいです。そこから自分で読み返して、「ここはもう少し書き足そう」とメモをして書き進める時が一番楽しい。 私は執筆の波がなくて、どんどん書けることもなければ、1行も書けない日もないんです。そうやって割と内職のように決まったページを書き続けるタイプなんですけど、1日に10枚ぐらい書いたら「ここで終わろう」とやめています。何作品か並行して進めているので、1カ月の間に「Aを50枚、Bを50枚」と目標を決めて、1週間ごとに書く作品を替えています。 ――書くネタには困らないタイプですか? 寺地 毎回ベストを尽くしているので、最初の打ち合わせでは「もう何もないです」という状態が多いです。でも、いろんな人と話す中で、生まれていきますね。 意識してインプットしていることは特にないですけど、世間で何が起こっているかは見るようにしています。例えば、SNSでみんながどんなことに関心を持っているかとか。 ――『雫』では、男性教員が結婚を機に、伴侶の名字にすんなりと変えるシーンが出てきます。あれは時事性を感じるエピソードでした。 寺地 あのシーンもSNSで話題になったのを見て出てきた一つだと思います。私もこの世を生きる普通の人間の1人なので、やっぱり話題になったことについては考えます。選択的夫婦別姓制度の話題を見たら、「私も名義変更するの、嫌だったな」と気持ちが蘇りますよ。 ――寺地さんは出産後に小説家としてデビューしましたが、ご著書は家族も読むんですか? 寺地 夫はたぶん、私の本を読んだことがないと思います。デビューが決まった時に、「賞を取りました」とは伝えましたけど、特にリアクションはなかったですね。子どもも読んでないんじゃないのかな。