「“辛い体験のおかげで強くなれた”って、ムカつくんですよ」寺地はるなが『雫』で描いた“怖がらなくてもいい”未来
作家・寺地はるなさんの書き下ろし長編小説『雫』では、リフォームジュエリーのデザイナーを務める永瀬珠、「ジュエリータカミネ」の社長・高峰能見、「かに印刷」で働く森侑、地金加工の「コマ工房」で働く木下しずくの30年間に及ぶ物語を描いています。 【画像】寺地はるなさん。 中学での出会いから、親子の別れ、就職、パワハラ、結婚、離婚など、人生の節目を迎える度に寄り添う4人の友情が、宝石のように美しく輝く一作。寺地さんに、登場人物に込めた思いやご自身の創作活動について伺いました。 》インタビュー【前篇】を読む
仕事で辛かった体験をポジティブに捉えたくない
――『雫』の登場人物は、頑固だったり、プライドが高かったり、協調性に欠けていたり、個性豊かですね。寺地さんが気に入っている登場人物は誰ですか? 寺地 気に入っているというより、気を付けて書いたのは森くんですね。彼は物分かりが良すぎて、進行上で必要なセリフを言いがちなんです。都合よく使えてしまうから注意して書きました。 ――森くんは新卒で入社した会社でパワハラを受け、どんどん痩せていきます。読者としては辛い描写ですが、会社での環境に共感する方も多そうです。 寺地 私自身も10年以上前、会計事務所に勤めていた頃に仕事で辛い経験をしたことがあります。わりとしんどかったですけど、「その体験があったからこそ強くなれた」みたいな感じには落とし込みたくなくて。私としては当時の出来事を「7年間も我慢して、無駄な時間だった」と捉えているから。 ――しかし世間では、辛かった環境をポジティブに捉えがちですよね。「あの頃があるから、今の自分がいる」とか。 寺地 その考え方は、辛い状況に感謝する形になる気がして、ムカつくんですよ。私は、ただ「無駄という経験をしました」でいいのかなと思っています。 もちろん「無駄じゃなかった」と思いたい気持ちもすごくよくわかります。でもそうすると職場で辛い思いをしている人に、「今はしんどいかもしれないけど、やがてあなたの糧になるよ」と我慢させてしまうんじゃないのかと不安で……。 ――寺地さんは、そういうことを言わないタイプなんですか? 寺地 言わないですね。「辞めちゃおう、辞めちゃおう。次行こう、次!」って言うタイプです。 実際には、「頑張ろうよ」と言うタイプと、「辞めたらええやん」と無責任に言う人がいて、どうするかは本人が決めることだとは思いますけどね。