英虞湾の隠れたリゾート「COVA KAKUDA」でハイエンドな里海体験
2023年6月に全4棟のラグジュアリーリゾート「COVA KAKUDA」がオープンした。伊勢志摩のステイライフを盛り上げる新たなスポットをリポートする。 【写真を見る】宿の様子をチェック!
非日常な日常
三重県・英虞湾のほとりには全国屈指のラグジュアリーリゾートが点在するが、今年6月にオープンした『COVA KAKUDA』はほかと一線を画すコンセプトをもつ。ヴィラタイプの客室は全4棟のごく小規模。それゆえのアットホームなもてなしと、英虞湾とその周囲の環境をありのままに体験できるアクティビティの数々には、運営企業の想いがこめられている。 「COVA KAKUDA」は、英虞湾の奥にある入江を囲うように建物が配されたオールインクルーシブな宿だ。敷地内には4つのヴィラタイプの客室とダイニングのあるメイン棟「KAZO」に加え、アクティビティ棟とサウナ棟と、広い敷地ではないがそれぞれ独立した棟で構成されている。どの棟からも英虞湾が望め、ビーチはないが海との距離がとても近い。しかし、潮っぽい香りは穏やかで日本の海に来たとは思えない。 客室ヴィラまではカートで移動する。目の前の海には「バタ貝(ヒオウギ貝)」を養殖する井桁が浮かんでいる。この入り江は公共の海なので、地元の漁師や養殖業者の日々の営みが行われている。大抵のリゾートホテルは日常から隔絶された非日常空間に仕立てられているが、ここは日常に溶け込むように存在する。とはいっても遠来のゲストにとっては非日常だが、その光景を見ているとしっくりと地元の日常に入れてもらえた感じがある。 ■持続可能なアクティビティ 一息ついたら、さっそくアクティビティへ。もちろんすべて宿泊料金に含まれている。この日はちょっと風が強かったので英虞湾クルーズは断念して、焚火体験をチョイス。こちらの好みや天候などに合わせて、フレキシブルに対応してくれるのは、小規模なリゾートならではだ。 スタッフに訊くとこの焚火体験は、伊勢神宮の火入れの伝統行事にちなんでいるという。伊勢神宮での神事と同じように「火鑽具(ひきりぐ)」と呼ばれる道具を用いて発火させる。ここでは起こした焚火をサウナに“火入れ”するまでがアクティビティ。自分で起こした火で温まるサウナだなんて、ユニークな体験ではないだろうか。焚火好きの筆者としては血が騒ぐ。 その前に、と小高い森へと案内される。この地域の植生と、計画的に木々を伐採することで里山を健康的に保つことができるのだと教えてもらった。伐採した木々は乾燥させて薪になる。その薪を割るところからアクティビティが始まるのだ。しかも、前述のとおり焚火はサウナの熱源になり、燃え尽きた薪は炭としてサウナや調理場で使用される。単なるアクティビティかと思いきや、無駄のないサイクルになっていることに驚かされる。 夕刻、食事のために『KAZO』に訪れた。総料理長・松本守氏は地元出身で、幼少のころから慣れ親しんだ場所だけに、地元の食材の旬と最高においしい食べ方を知っている。料理は日本料理がベースで、敷地内で育てた野菜やハーブを用い、養蜂で得たはちみつを焼き物にかけたり、旬の金目鯛を薫り高いトリュフとともにポワレにしたり。デザートに地元乳業の牛乳とほうじ伊勢茶のアイスクリームを供するなど、型にとらわれずに地産の食材を自由な表現で楽しませてくれる。なにを食べても一口ごとに感想を述べたくなる意外性が楽しい。 食後はスタッフに誘ってもらい、焚火のそばでチャイを楽しみながら星空観察。ずっと空を見上げていると、「首が疲れるでしょう」とフルフラットにしたデッキチェアの上にシュラフを用意してくれた。火のそばも暖かくて離れがたいが、シュラフにもぐりこんで横になって星空を眺めるなんて、最高に気持ちがいい。このまま寝落ち間違いなし、と思ったが、「星空案内人」の資格を持つスタッフによるポインターを用いての星座のお話が興味深く、さらに天体望遠鏡で土星を見せてもらってちょっと興奮。プラネタリウムでは眠くなってしまうのに、リアルな星空にはドキドキするのはなぜだろう。 翌朝、早く目覚めたのでさっそくミニバーにあったコーヒー豆を挽いてみる。太陽が山間から顔を出すと、冷たかった空気が途端に暖かくなってくる。部屋着のままデッキでゴリゴリやっていると、ちょうど地元の漁師さんが船で出勤していくところに遭遇。軽快な小型船のエンジン音とリゾートスタッフではないリアルな姿に英虞湾の日常風景を感じた。思わず「いってらっしゃい!」と声をかけると、ぱっと手を挙げて応えてくれる。いい距離感。気持ちのいい朝だ。 朝食を済ませ、チェックアウトの時間まであと1時間ちょっとというタイミングだが、急遽クルーズに乗って湾に出ることになった。天気もよく、せっかくだから、と昨日断念したクルーズと真珠の養殖業者を訪ねるアクティビティを今日体験させてくれるという。「なるべくたくさんの英虞湾体験をしていってほしい」と、工場(こうば)を開けてくれるよう頼んでくれたのだった。 「実は、リゾートのヴィラも元は工場(こうば)でした」 帰る途中、スタッフが話してくれたことによると、英虞湾では廃業する養殖場が多く、それは生産者の高齢化のほかに海水の汚染など環境の変化も一因だという。里海の姿がどんどん失われていく現状を憂い立ち上がったのが、地元の老舗企業「覚田真珠」。伊勢神宮のお膝元おはらい町に店舗を構える、真珠の卸として知られる。里海再生や地元の雇用創出、伝統文化の継承などの問題を包括的に解決するために、と考えできたのがこのCOVA KAKUDAなのだ。 ゆえに、ゲストが体験できるアクティビティにもひとつひとつに意味がある。焚火体験では理想的な里山のサイクルを知れたし、工場見学では老夫婦が苦労してアコヤ貝を育て上げる様子から、真珠の価値を改めて見直すきっかけにもなった。カヤックやシュノーケルでも、包み隠さずありのままの英虞湾を紹介するのだという。地域の“いま”に溶け込む体験は、心に迫るものがある。それは運営会社の覚田真珠が当事者であるからにほかならず、提供される体験はすべて“本物”だからだ。とはいえ、ゲストの興味に合わせ、まったく押し付けがましいところがないのは、こうした環境や文化を守るというコンセプトの前に「楽しんでもらいたい」というホスピタリティがあるからだろう。スタッフの多くは地元出身やゆかりのある人ばかり。この土地の楽しさ・すばらしさをよく知っているからこその真の言葉で、推しポイントを教えてくれる。それぞれのゲストにじっくりと全力で接するための小規模運営なのも納得だ。 旅は非日常体験ではあるが、非現実ではない。非日常と現実をほどよく織り交ぜて楽しませてくれるのがCOVA KAKUDAだと思った。ただ豪華で贅沢さがあふれているわけではない。ここに来れば誰もが当事者と同じ目線に立つことができ、酸いも甘いもひっくるめて英虞湾の虜になるのだ。 ■COVA KAKUDA(コーバ カクダ) 住所:三重県志摩市志摩町片田1397-14 TEL:0599-52-0231 客室数:4室 料金:12万1000円~(1室2名での利用の場合の1名分、税込、サービス料込み) アクセス:賢島駅より送迎あり(別料金) URL:https://cova-iseshima.jp/
文・岩佐史絵 編集・岩田桂視(GQ)