作家・凪良ゆうも唸った『インサイド・ヘッド2』の巧みなストーリー「実はとても覚悟のいる物語展開」
『トイ・ストーリー』(95)や『ファインディング・ニモ』(03)など、3DCGアニメーションの先駆者として業界を牽引してきたピクサー・アニメーション・スタジオ。そして、この度2018年の『インクレディブル・ファミリー』を超え、ピクサー史上最大となったばかりか、アニメーション映画史上最大のヒット作となったのが『インサイド・ヘッド2』(公開中)だ。 MOVIE WALKER PRESSでは、映画監督や作家など、多種多様な分野で活躍する人々に、あらゆる視点から本作をひも解くレビュー連載を実施。これまでかつての誘拐犯と被害女児の禁断の出会いを繊細に綴った「流浪の月」、人生における複雑な人間関係や自己発見がテーマの「汝、星のごとく」など、緻密な心理描写で魅せる小説家・凪良ゆうは、“感情”に真っ向から向き合う本作をどう観たのか、感想を語ってもらった。 【写真を見る】「他人とは思えませんでした(笑)」凪良ゆうがシンパシーを感じた新キャラクター、シンパイ(『インサイド・ヘッド2』) ■「あまりにも私自身にも覚えのある感情がたくさんあり、いたたまれなくなったほど(笑)」 人間の持つ感情を擬人化して見せるユニークな切り口で、少女ライリーの成長を綴った前作『インサイド・ヘッド』(15)はアカデミー賞の長編アニメーション賞を獲得。その続編となる本作は前作同様、ライリーの頭のなかをつぶさに描いていく内容だが、今回はライリーが高校入学直前という心が変化する時期に入ったから、大変な感情の嵐を経験することになるというストーリー。いままで彼女の頭のなかにあったヨロコビ、カナシミ、イカリ、ムカムカ、ビビリという感情キャラクターに加え、シンパイ、イイナー、ダリィ、ハズカシという新感情キャラクターが増加。その結果、ライリーはいままでに見せたことのないような行動をとるようになっていく。例えば自分らしさを隠して、無理矢理他人と意見や考えを合わせようとしたり、あえて親友と距離を置いたり。シンプルにいえば、アイデンティティを確立するための旅路を見せることになるのだ。 前作で監督を務めたピート・ドクターは製作総指揮に回り、今回は監督に『モンスターズ・ユニバーシティ』(13)のストーリー・スーパーバイザーを務めたケルシー・マンを起用。現代のティーン層らしいリアルな会話などが用意され、続編ながら心機一転した新感覚の作品に仕上がっている。「とてもおもしろく作品を拝見しました。前作では自分の感情に振り回されていた幼いライリーが少し大人になり、複雑な感情が芽生えてきます。“いい子”であろうとする自我と、他者と社会を意識することにより“いい子でいられない”自分自身との間で揺れ動く。それはまさに思春期の訪れですよね。ライリーの感情の進化と共に、観る私たちの中に生じる“これは身に覚えがある!”という心に刺さる深さもまた、前作より進化していると感じました。あまりにも私自身にも覚えのある感情がたくさんあり、途中でいたたまれなくなったほどです(笑)」。と、この映画を観た感想をそう表した凪良。 特に今回は前作以上にシンパシーを感じる部分が多かったと話す。「私自身は悲観的なところがある人間なんです。だから前作ではカナシミをまるで自分の分身のように感じていましたが、今作ではシンパイが他人とは思えませんでした(笑)。なので見ていて共感性羞恥を感じるほどに揺さぶられてしまいました」。 劇中には、自分の大事なメモリーが入った“思い出ボール”というのが登場する。では共感性羞恥を感じたという凪良には、どんな“思い出ボール”があるのだろうか?「劇中に少し出てきたような“暗い秘密”が多い人生なんですよ。いまでも思い出すと布団をかぶって叫びたくなることはたくさんあります(笑)。幸せな記憶では、やはり本屋大賞をいただいた時の記憶がなにより忘れ難い“思い出ボール”になっていると思います。でもいい思い出も悪い思い出も、どんな“思い出ボール”もいまの私を形作るものですから、認めてあげなくちゃいけないですね」。 失敗も大事。成功も大切。すべての体験、そのひとつひとつがいまの“あなた”という人間を形作っているのだ。だからこそ毎日毎日を大切に生きていかないといけない。そういうことを決して声高にではなく、エンタメという風呂敷で優しく包み、老若男女誰にでもわかるようにおもしろく語ってくれるところがピクサー映画のいいところ。そういうピクサーの長所がしっかり活かされたのが本作なのだ。 ■「私もいまでも“自分らしさ”を探し続けているところがあります」 今回登場した新しい感情キャラクターたちを、凪良はこう分析する。「大人の感情として、シンパイは未来を予測するところから生まれますし、イイナーは他者を比較するところから生まれる感情ですよね。ハズカシは人の目を気にすること。初期のヨロコビたちが自分の内的な感情だとすると、つまり今作の感情は、社会との接点が増えることから生まれてくるもの…といえるのではないでしょうか」。確かに人は年を取るほどに、複雑な感情を帯びていく。子どものころにはなかった“感情をもて余す”というような感覚も、大人になってから芽生えてくるものだ。 ちなみに凪良なら、どういうキャラクターを付け加えたいと思うのか?「それは難しい質問ですね。例えば先程述べたような“共感性羞恥”とか“いたたまれない”、あとは“せつない”などの感情ですかね。ひと言では言い表せないような感情をどう描くかを考えてみたいです」。 そういった複雑な感情を、いまも持て余していると凪良は言う。「『人間は遺伝子の乗り物である』という有名な言葉がありますが、小説家である私からすると『人間は感情の乗り物である』という言葉の方がしっくりきます。ライリーは感情に振り回されていますが、それは大人になったいまの私でも同じこと。かつての私は大人になるということは、もっと上手に感情をコントロールできるようになることだと思っていたのですが、それはそう簡単ではなく。“そのままの自分を愛する”というよりは、“ダメなところも含めて自分なんだ”と認めることが成長なのでしょうね」と語った凪良。 映画の中では「成長するってこういうことなのかも。喜びが、少なくなる」という台詞に、「大人ってなんだろう」と思わず考えさせられてしまったとか。つまり「誰もが持っている感情の体験」の物語であるから、これだけのヒットにつながったのではないか。「先ほど言った“感情の数が増える”だけではなく、“それぞれの感情たち”の持つ感情も複雑さを増してきていますよね。例えば作中でヨロコビが喜びだけを感じているわけではなく、涙を流すシーンがあります。それもまた成長のひとつなのかもしれません。私もいまでも“自分らしさ”を探し続けているところがあります」。 ■「この物語の展開が、実はとても覚悟のいることだというのがわかるんです」 ちなみにピクサーが大事にしているのは、ストーリーとキャラクター。これはどのピクサーのアニメーターに聞いても返ってくる言葉だった。自作で様々な人間の心理描写に長けた才能を見せてきた凪良は、今回のストーリーテリングをどう評価しているのか。「いい意味で王道の物語展開であるとも感じています。昨今の物語に多い驚愕の結末とか、どんでん返しといったものがあるわけではない。これは“感情たち”の物語であるからこそ、ライリーが抱いている感情を、ひたすら丁寧に追いかける物語を作り上げたのだろうなと感じました。私も『汝、星のごとく』という作品を書いている時に、ついつい奇をてらう展開を入れたくなったのですが、そこをグッと我慢して主人公たちの感情の深度をあげることに意識を向けました。ですから、この物語の展開が、実はとても覚悟のいることだというのはわかるんです」。 特に今回はキャラクター性に特化した物語ではないと思っているそう。「ライリー自身に感情移入することもたくさんあるのですが、それよりは彼女が持っている“感情たち”こそが、誰しも覚えがある心の動きですから共感しますよね。だからこの映画は多くの人たちのハートに切り込んでいくのではないでしょうか。いわゆるキャラクターの物語ではなく、先程も言ったように“誰もが持っている感情の体験”の物語なのだと思います。絵柄やキャラクター性から、子ども向けと思われがちなピクサー作品ですけれども、この映画は大人の感情に耐えうる、いえ、大人にこそ刺さるものだと感じました」。 そう力強い言葉をくれた。実際にどんな身に覚えのある感情の体験ができるのかは、是非あなた自身の目で確かめていただきたい。 構成・文/横森文