品質不正の防止に向けて/ステルスマーケティング規制に関する広告審査のポイントと危機管理的視点の重要性-同規制違反に対する最初の措置命令事案も踏まえて-
本記事は、 西村あさひ が発行する『N&Aニューズレター(2024/6/28号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひまたは当事務所のクライアントの見解ではありません。
I 品質不正の防止に向けて
2024年5月31日に、日本科学技術連盟( https://www.juse.or.jp )主催の「第117回品質管理シンポジウム」において「品質不正の防止に向けて」と題する講演を行いました。この講演で私が作成・使用したレジュメは後掲の通りであり、皆様におかれて、品質不正の防止体制を構築するに当たり、御参考にして頂ければ、と思います※1。 ※1 なお、公表情報ではありますが、固有名詞などの記載もあるため、実際のレジュメから一部の記載は削除しています。また、このレジュメの末尾には、参考資料として、日本弁護士連合会「企業等不祥事における第三者委員会ガイドライン」(2010年7月15日策定、2010年12月17日改訂)の概要をつけておりましたが、これも分量圧縮のため、本稿では削除しました。 なお、本稿の冒頭で、後掲レジュメとの関係で、若干の問題提起ないし補足を行います。 1. 「品質不正」という問題の日本における捉え方 2017年に大手製造業における品質不正事件が広く報道される前までは、品質不正として社会的に厳しい批判を受けるケースは、基本的に、薬害、食中毒、人の死傷につながるガス湯沸かし器の不正改造やリコール隠し、化粧品による人身被害、マンション・アパート等の構造計算書の不正や不良杭打ち工事などだったと思います。 いずれも、人の死傷や不良建築など顕著な実害が発生し得るものであり、深刻な企業不祥事として、厳しい社会的非難を受けました※2。 ※2 自動車の燃費不正も、程度の差はあれ、消費者に与える財産的被害という点で実害(ないし、その可能性)を伴う事案だったと考えられます。 ところが、2017年の大手製造業における品質不正事件を契機に、規格・認証の不適合や契約仕様の違反などがあれば、必ずしも実害に結びつかなくても、「品質不正」として厳しい批判を受けるようになったように感じています※3。 ※3 時系列的に各「品質不正」事件についての報道内容などを実証的に検討していないので、大変恐縮ですが、私個人の感覚を述べるにとどまっております。 もとより、これも確かに「不正」ではありますが、人の死傷等を伴う事案とは、質的に大きく異なる問題です。 契約仕様の違反といっても、特に企業間取引で、例えば、量産型ではなく個品型の製品などでは、ある程度メーカー側の裁量に任されている部分があったり、必ずしも全ての製品で仕様通りの性能を達成できなくとも実用に支障がなく、顧客とは契約代金や違約金で調整すれば足りるケースなどもあります。だからこそ、これらが「正当化事由」となって「品質不正」が生じやすく、長期間継続しやすいとも言えます。もちろん、そうは言っても、勝手「トクサイ(特採)」のように、顧客に説明して了解を得ていないのであれば「不正」です。 規格・認証の不適合についても、規格・認証の審査官を欺くような悪質なケースもある一方で、規格や認証よりも高性能を実現できる製造方法や検査方法をとっているケースもあります。もちろん、それも規格・認証に適合していないのに「規格・認証に適合」と称する以上は、「不正」と言われても仕方ありません。 実害を伴わない「品質不正」、特に企業間取引では、結局、顧客からそれほど問題視されずに取引関係がそのまま継続するケースも多いのではないかと推測します。 それでも、必ずしも実害に結びつかなくても「品質不正」となれば、企業は厳しく批判され、事案によっては企業トップの引責辞任となります。企業は「調査委員会」で少なからぬ経営資源を費やすことにもなります。日本で厳しい批判報道があれば、海外メディア報道もこれを取り上げて、結果として、実害があまりなくても、グローバルには日本企業に対する信頼を失墜することにもなります。 以上が、今日における(2017年の大手製造業における品質不正事件の後における)、実害を必ずしも伴わない品質不正という問題の日本における捉え方であると感じています。 実害を伴わないだけに「性能は問題ない」といった「正当化」が働きやすく、こうしたタイプの品質不正は、今後も、著名企業で新たに表面化したり、残念ながら、将来、新規に発生することもあり得るのでしょう。 もちろん、「不正」は「不正」です。「規格・認証に適合できない」、「顧客に対する約束である契約仕様を達成できない」のであれば、企業は、「不正」ではなく、技術力や製品品質の向上等により規格適合や仕様達成を実現していくべきです。 その一方で、今日の日本における問題の捉え方については、国際比較をするとどうなのだろうかという関心もあるところです。 2. 品質不正と第三者委員会 後掲レジュメ4頁の通り、品質不正問題において、調査委員会を設ける場合には、 ●日弁連の第三者委員会ガイドラインに準拠した第三者委員会 ●外部の有識者と社内の役職員とが協働する調査委員会(外部調査委員会、社内調査委員会など名称は多様ですが、本稿では一括して「社内調査委員会」と言います。) にするかの選択肢があります。 この点、対外的には「第三者委員会」という建付けの方が分かり易いことは、その通りです。「なぜ、第三者委員会を設けないのか」という質問や疑義に対する説明が必要なくなります。また、日弁連ガイドラインは、同ガイドライン上でも明示されているように、全項目の機械的な充足が必須ではなく、いわばアレンジが可能であるという柔軟な建付けをしています。加えて、厳密な意味での「第三者」性に議論の余地があっても(例えば、委員は独立だが、調査補助者たる法律事務所の会社との関係が問題になる場合など)、第三者委員会を名乗ること自体は、その当否は別ですが、不可能ではありません。 しかし、本来、品質不正問題は、会社自身が製造する製品の品質、ひいては会社の事業そのものの問題です。会社から独立・中立の第三者委員会に調査を一切委ね、会社は調査に関与せず、第三者委員会から調査結果を受領して実行する、という問題ではなく、会社が自らの手で率先して取り組むべき問題です。また、技術的事項の検討が不可避であって会社の知見が必要不可欠になります。その意味で、調査委員会を作るのであれば、本来在るべき姿は、社内調査委員会だと思います。 もちろん、事案によっては、第三者委員会型調査が適切なケースもありますが、以上で述べたように、品質不正問題については、本来的には、会社自身が中心となって取り組んでいくべき問題であり、社内調査委員会において、弁護士などの外部の有識者が果たすべき役割は、会社自身の調査のモニタリングや、会社自身では十分に出来ないことの補完ではないか、と思います。 この点、外部有識者に期待される役割としては、一例ですが、以下の点があります。 ●会社側の調査において、経営陣が調査の網羅性・深度や、経営陣自身を含む責任追及に手心を加えることがないように監督する ●会社の調査に外部目線での気づきを与える(例えば、「他社では、検査結果の自動測定・記録化であっても測定ソフトウェア自体に不正を加えた例があるから、このケースでも念のため確認した方がよい」などと提案したり、再発防止策等について他社の取組みを紹介するなど) ●役職員が会社には話しにくいことについて、外部有識者にて、会社を外してヒアリングする(例えば、経営陣や上司先輩の不正の指示が問題になっている場合、検査設備等への設備投資見送りなど経営陣批判にわたる話を聞く場合など) ●悉皆調査(ほかに不正はないかの調査)のために役職員にアンケートするに際し、匿名アンケートではアンケート回答後の調査に難点があるため、記名でアンケートをするところ、アンケートの宛先は外部有識者のみとし、外部有識者は、回答者の承諾がない限り、回答者の氏名や回答者の特定につながる情報は会社に伝えないこととして、回答者の心理的安全性を高める