なぜ中国人は高田馬場を目指すのか――「ガチ中華の街」になった高田馬場と歌舞伎町の二都物語
高田馬場ならのびのび商売できる
JR高田馬場駅から、早稲田方面に5分ほど歩いた場所にある「本格熊猫」は、四川省出身のオーナー・劉少虎さんご夫妻が7年前に開いた店だ。午後4時。店に入ると、大学や予備校帰りの中国人留学生で7割ほど席が埋まっていた。日本語はほぼ聞こえない。鼻を突くのは醤油の焦げる匂いだろうか。ただし、日本の醤油の香りとは若干、異なる。それにしても、食欲をそそる香りだ。まさに、日本にいながら中国を旅しているような気分になる。 劉さんは料理だけでなく、旅行関係のビジネスも展開していて、いわゆる「経営者」の雰囲気がある。店で出すのは故郷「四川省」の料理だ。 「日本の四川料理は、砂糖が多く使われるので甘く、とても故郷の味とは思えません。お客様の多くが中国人なので、日本人向けにアレンジをせず、中国で食べられている味をそのまま再現しています。最近では本場の味が食べられると日本人客もやってくるようになりました」 劉さんに、なぜ競合の多い高田馬場だったのか、と尋ねた。やはり、高田馬場には中国人が通う日本語学校や予備校、大学があると語り、こう続けた。 「高田馬場は新宿と池袋に挟まれた好立地なのに家賃が安いのです。それに、同じ同胞とはいえ、新宿や池袋は、すでに日本にいる中国人年配者が幅を利かせている。彼らとはビジネスに対する考え方も、文化慣習も全く違う。そうした、縦社会のしがらみが高田馬場にはない。自由にのびのびと商売ができるのです」 この日、私は劉さんの話を聞くことを目的に店を訪れたのだが、いつの間にか食卓には所狭しと料理が並んでいた。しかも、どれも店のメニューにはない豪華なものばかり。あしらいの野菜にまで飾り包丁が施されている。店で働く中国人はいずれも、名だたるレストランで働いていた強者らしい。 「これは私の故郷で、客人を接待する料理です」。蒸した鶏肉を皮ごと薄切りにして、香辛料のたっぷり入った甘辛いソースをつけて食べる前菜や、豚の三枚肉を黒酢のタレで煮込んだ料理は絶品だった。しかし、唐辛子がふんだんに使われた大皿料理を、一人で平らげるのは辛かった。帰り際、劉さんが興味深いことを教えてくれた。 「中国でも新宿、池袋といえば怖いというイメージがあります。けれども、高田馬場にはそうした暗さがない。それに地元の人も中国人に対する偏見がない。真面目にビジネスをしようと思う中国人にとって、この街はとても暮らしやすいのです」