ガザ戦争とICC:「法の支配」貫く最後の砦に
日本が担うべき役割は
このような状況下で日本は、単にICC規程の一加盟国としての義務を果たす以上の役割を果たすべきだし、果たすことができると考える。 なぜ「果たすべき」なのか。それは日本が、世界の共通価値基盤として「法の支配」を訴える以上、その司法的保障の砦であるICCは国際インフラとして死活的に重要だからだ。昨年日本が開催した主要7カ国(G7)広島サミットの共同声明において、国際的な共通価値、あるいは自由で開かれたインド太平洋の基盤として繰り返し言及されたコンセプトはあくまで「法の支配」であった。他方、民主主義の概念は、「G7の」中核的価値ないしはAI(人工知能)ビジョンの基盤として登場するなど、使用する文脈が慎重に限定されていた。バイデン大統領が「民主主義サミット」における招待国の選別において、自国基準の押しつけであるとアジアで不評を買った記憶もいまだ新しい。世界の共通価値基盤として「法の支配」をハイライトさせた日本政府の方針は、時宜に沿ったものである。だからこそ、その司法インフラとしてのICCを支持・強化していくことが必要なのだ。 では、なぜ「果たすことができる」のか。なによりも、ICCに対する人的・経済的貢献の大黒柱は日本である。ICC加盟以来、3期にわたって連続して裁判官を輩出してきた。さらに本年の所長選挙では赤根智子判事が当選し、今後4年にわたってICCをリードしていく。最大の経費分担国であるという経済的貢献のみならず、深い人的貢献を行ってきた日本は、その立場に伴う責任を果たすことができる。まさにICCの未来を左右する国家の一つと自己認識すべきだろう。 そこで、日本からさらにICCを支持・強化していくための3つの具体策を提起しておきたい。 第1にジェノサイド条約の締結である。国連加盟193カ国中、153カ国が加盟している同条約に、日本は非加盟である。「コアクライム中のコアクライム」であるジェノサイドを防止・処罰する伝統的な国際枠組みから外れている状態は早急に解消すべきである。 第2に、ジェノサイド条約は、加盟各国にジェノサイドを処罰する国内法整備を求めている。日本の刑法には現在「ジェノサイド」罪は存在しない。加盟にあたっては、既存の刑法の「殺人」や「誘拐」で賄う「省エネ」対応で済ませるのではなく、そのジェノサイドの歴史的経緯と条約の趣旨にのっとり、国際社会の共通法益を適切に掲げた「ジェノサイド」罪の新設を含む特別刑法の整備を進めるべきだ。 第3に、ICCはオランダのハーグに本部を持つが、そのアジアブランチを日本に置く機運が高まっている。これまでアフリカ諸国の事件をハーグで裁くことが多かったICCだが、その構図の偏りとそれによる反発も課題となってきた。いかなる国も潜在的被害国であり潜在的加害国である。今後、対象事件はアジアへと移ってくることも当然考えられる。その場合、アジアで起こった非人道行為を国際裁判にかける唯一の拠点が欧州のハーグでよいのか、という問題もでてくるだろう。「平和と司法の都市」としてICCやICJ(国際司法裁判所)などの本部を複数擁するハーグだが、日本はまさにアジアにおける「人道と司法の国家」として拠点を担う適格性を有しているのではないか。もし日本が担うこととなれば、それは日本の国益と国際益にかなう。