ガザ戦争とICC:「法の支配」貫く最後の砦に
「イスラエルの犯罪」で割れる西側諸国
他方、イスラエル・ガザ戦争をめぐって、ICC検察局が今回、ネタニヤフ首相を含むイスラエルとハマス両陣営指導者の逮捕状を請求したことについては、西側諸国の間でも反応が割れている。 歴史的にイスラエルを擁護してきた米国は、「言語道断」(バイデン大統領)と即座に強く反発した。6月4日には、逮捕状請求への対抗措置として、共和党多数の連邦議会下院本会議でICC職員らに制裁を科す法案が賛成多数で可決された。こうした米国の姿勢は、プーチン大統領への逮捕状発布時との違いを際立たせ、同国のダブルスタンダードを可視化する副作用を生んでいる。 欧州では、フランスやスペインが直ちにICCの独立性に対する支持を明言した。ところが、ドイツは「(ICCの)手続きは尊重する」としつつも「(イスラエルとハマスが)同等であるかのような誤った印象を与える」とスタンスの違いを見せた。ICCの主任検察官であるカーン氏の母国、英国のスナク首相にいたっては「ICCにそんな権限はない」と明確に批判する側に回った。 日本政府は、「刑事裁判の手続きに関わる問題であり、ICCの判断について政府として予断することは差し控えたい」(上川陽子外相)と、現時点では曖昧戦略をとっている。ただし、様子見がいつまでも通用するわけではない。 プーチン大統領の逮捕状請求から発布までが25日間(2024年2月22日請求、3月17日発布)であったことを考えると、今回は罪数も被疑者も多いとはいえ1カ月ないしは数カ月のうちにICC裁判部の判断が出るだろう。仮に逮捕状発布となれば、少なくともこの時点で日本は最低でも「加盟国として条約上の協力義務を粛々と果たす」という姿勢を明らかにする必要がある。ICCの現所長・赤根智子氏を送り出している国としての見識も問われる。 前述の通り、ICCはその設立の起源をホロコーストに持ち、人類として耐え難いコアクライムの犯罪者を処罰し抑止することを目的とした国際裁判所である。ポーランド侵攻の1週間前に発せられたヒトラーの言葉「Who, after all, speaks today of the annihilation of the Armenians?(結局のところ、アルメニア人の虐殺を誰が覚えているものか)」を知っている人も多いだろう。ジェノサイドは記憶と記録の根絶により、歴史から犯罪の痕跡を消去し、指導者たる犯罪者の不処罰をもたらす。こうした不処罰の常態化がヒトラーによるホロコーストを生んだ。そして、この歴史の反省を背景に締結されたのがジェノサイド条約であり、その処罰を担保するためのICCであった。 こう考えていくと、現在イスラエルの指導者が、ガザ地区での民間人殺りくを執拗に継続し、国際社会からの度重なる停戦要求も聞き入れず、ついにはICCから「民間人に対する意図的な攻撃指示」そして「飢餓を戦争手段にした」コアクライム容疑者として逮捕状を請求される事態に至ったことは、歴史の倒錯とも言える状況だ。 しかしむしろ、ジェノサイドの被害を象徴する存在であったイスラエルであれ、一見国際犯罪とは無縁に見える「平和国家」であれ、いかなる国家もコアクライムの潜在的な加害者であり、被害者でもあることの証左とみるべきだろう。自国内に巣くうヘイトクライムなどの萌芽を直視する国こそが、コアクライムへのエスカレーションを抑止できる国なのではないかとも思える(したがって、「我が国の実情に鑑みれば、この集団殺害犯罪を設ける実態的な必要性というのが必ずしも非常に大きくない」=2013年11月5日衆議院法務委員会=というような政府答弁は、説得力を欠くと筆者は考えている)。