長崎県「石木ダム」建設は疑問だらけ 専門家の指摘を自治体無視
長崎県と佐世保市が県内の川棚町で1970年代より進めている石木ダムの建設計画は、今年が5年に一度の事業再評価の年にあたる。同県の公共事業評価監視委員会は9月2日、総事業費を1・5倍となる420億円に、工期を7年延長して2032年度までとする県の事業継続案を認める意見書を大石賢吾知事に提出した。 同計画をめぐり県が住民側との覚書を破って機動隊導入による立ち入り調査を強行してから42年。現地では今も13世帯約50人の住民が「治水効果に疑問があるだけでなく、佐世保市の水も足りている、ダムはまったく必要ない。世紀の人権侵害だ」と抵抗を続けている。 「山が薄い、薄すぎる。こんなところにダムなど造ってはいかん」 今年3月、川棚町内のダム建設用地(ダムサイト)で河川・ダムに関する一人のスペシャリストが呆然と立ちすくんだ。元建設省(現国土交通省)技官の宮本博司氏。京都大学大学院で土木工学を専攻して入省して以来、河川行政一筋で全国のダム事業の査定も数多く実施し、退官後は淀川水系流域委員会の委員長も務めた人が、初の現場視察でそう直感したという。「ダムを支えるには山の塊がいかにも貧相。地下水位も低いに違いない」として、県から取り寄せた地形図で、ダムの貯水位より周囲の地下水位のほうが明らかに低い事実を確認。「貯水池周辺から水が漏れ続け、膨大な漏水対策費が必至だ」と指摘した。しかし県の公共事業評価監視委の意見書は、こうした宮本氏ら専門家の提言を無視した。
逆に洪水被害を拡大?
県の説明によると、川棚川流域に100年に一度の規模の雨(3時間雨量203mm〔※注1〕、24時間雨量400mm)が降った場合、下流にある基準点「山道橋」でのピーク流量は1秒間に1400㎥(※注2)。これを河川改修(支流の石木川との合流点より下流は22年に完了)とダムにより同1130㎥に減らす(1972年に完成した川棚川支流の野々川ダムにより同80㎥減、石木ダムが完成すればさらに同190㎥減になるという)。 これに対して宮本氏は次のような根本的な疑義を提示する。 ①「100年に一度の雨が24時間で400mm」は本当か。佐世保市の雨量に相関関係も認められない0・94倍を掛けて算出している。 ②「ピーク流量1秒間1400㎥」の妥当性が再現検証されておらず実際に二つのダムで同270㎥を減らせるのかも疑問。 ③そもそも400mm以上の雨が降れば石木ダムは洪水調節不能になり、まったく効果がないのでは? ④石木ダムがなければ石木川の洪水は川棚川の洪水ピークより先に通過する。かえって川棚川の洪水被害を大きくするのではないか。 これらの問題については、7月から8月にかけて石木ダム反対の市民団体や、その必要性に疑問を抱く市民たちが専門家らからなる「市民による再評価監視委員会」(西島和委員長、宮本副委員長)を2回開催。県と県公共事業評価監視委などに対して、再評価の際に留意すべき15ポイントを示すとともに専門家を委員会に招いて公正な審議を行なうべきだと提言。だが県の公共事業評価監視委は2時間弱の「おざなり審議」で県の継続案を認めた。 9月3日には佐世保市の市民団体「石木川まもり隊」(松本美智恵代表)や「市民による再評価監視委員会」など5団体が同市の宮島大典市長と同市水道・下水道事業管理者あてに文書を提出。利水事業の再評価にあたっては国交省の公共事業再評価実施要領に基づいて事業再評価監視委員会を設置して行ない、専門家の意見を直接聴くことなど3点を要望した。 このままでは13世帯約50人もの居住民を強制排除する行政代執行が行なわれる可能性もある。もしそうなれば戦前の足尾鉱毒事件・谷中村滅亡以来、日本国憲法下ではかつてない異例の事態だ。説明責任を果たさない行政、「壮大な人権抑圧」を黙認し続ける政治の責任も厳しく問われている。 ※注1 mm=ミリメートル、注2 ㎥=立方メートル
南輝久・言論の自由と知る権利を守る長崎市民の会代表