【連載 泣き笑いどすこい劇場】第25回「言い分」その3
大言壮語して自分を引っ込みがつかない状態に追い込むことも、活躍のコツ
人の気持ちほど、分かりにくいものはありませんよね。 「なんでこんなことをするの」 と首をひねりたくなる出来事に遭遇したことはありませんか。 でも、それにはそれなりの理由があるもの。 あとで、それが分かり、なるほど、そういうことだったのか、 と合点がいくことがよくあります。 力士たちも、よく予想外の言動をしますが、 それにはそれなりの言い分があってこそ。 そんな言い分にまつわるエピソードです。 ※月刊『相撲』平成22年11月号から連載された「泣き笑いどすこい劇場」を一部編集。毎週火曜日に公開します。 【泣き笑いどすこい劇場】第2回「師匠の悲喜劇」その1 男はでっかく 力士のやる気を引き出す方法はいろいろある。平成18(2006)年初場所、東前頭11枚目の北勝力(現谷川親方)は東前頭7枚目の安美錦(現安治川親方)を押し出して初日から9連勝し、優勝争いのトップに躍り出た。この思いもかけない展開に、取り囲む報道陣の輪も一気に膨らんだが、顔色一つ変えずに引き揚げて来た北勝力は澄ましたもの。 「すごいですね。今場所の目標は?」 という質問にも、 「優勝です」 と、平然と答え、今年の目標を問われたときも、 「90連勝です」 と胸を張り、取り囲んだ報道陣を呆れ返らせた。どう見ても、平幕の、それも10枚目以下の力士が口にするようなセリフではない。どうして北勝力はこんな人を食ったような大口を叩いたのか。 「実は、自分がそう言えって言ったんですよ」 と、師匠の八角親方(元横綱北勝海)が名乗り出て、その理由をこう説明した。 「自分が新小結のとき(昭和59<1984>年初場所)、今場所の目標は?って、新聞記者の人に聞かれ、勝ち越しです、と答えたら、ある人にこう言われたんですよ。もっとデカいことを言わんかい。例えば、横綱、大関を全部食いますとか、二ケタ勝ちますとか。人間、いったん口に出して言えば、出来るだけそれに近づこうとするものだし、ファンにもアピールでき、よし、応援してやろうという人も出てくるってもんだって」 つまり、大言壮語して自分を引っ込みがつかない状態に追い込むことも、活躍のコツだというのだ。このユニークな指導が功を奏したのか。この場所の北勝力は、優勝こそ逃したが、12勝して敢闘賞を獲得した。 月刊『相撲』平成24年11月号掲載
相撲編集部