ドラ1指名も「報道陣が誰もいなかった」 知らなかった阪神人気…一変した“注目度”
一気に増えた報道陣…阪神が人気球団とは「知らなかった」
それが中田氏の阪神1位指名の瞬間だった。その後になって報道陣が押し寄せてきたという。「ホント、そこからですよ。寮にウワーっと一気に来ました。あれもすごかったですね。前の日に田丸スカウトと話して、阪神から指名されるとはわかっていましたけど、僕はそれまで阪神がこんなに人気がある球団なんて知らなかったんですよ。あの当時は“巨人対どこどこ”って感じだったですからね」。 阪神入団は決意しており、交渉もトントン拍子に進んで契約完了。背番号は球団に提示された「28」に決まった。ただ、当初は関西弁に慣れなかったという。「先輩とかに『アホか』とか言われて、やっぱり(言葉が)きついなぁと思いましたね」。そのうち先輩や同い年の選手からは「ちゅんた」や「ちゅんちゃん」。年下の選手からは「ちゅんたさん」と呼ばれるようになった。 「“中”が麻雀の“ちゅん”ってことでね。そう言われるようになったのは阪神に入ってからですけどね」。日産自動車時代には映画「サタデー・ナイト・フィーバー」で主演を務めた超人気俳優、ジョン・トラボルタに似ているということでニックネームは「ジョン」だった。それを報道陣に聞かれて話したところ「虎のトラボルタ」との異名もつけられたが、あくまでマスコミ用。阪神内では中田氏のことを「トラボルタ」はもちろん「ジョン」と呼ぶ人は誰もいなかったそうだ。 時間が経過するとともに、徐々に関西生活になじんでいった中田氏だが、人気球団・阪神の“凄さ”は入ってから、さらに思い知ることになる。それはドラフト1位指名を日産自動車の寮のおじちゃんとおばちゃんと3人だけで喜んだ時には想像もしていなかった世界だったに違いない。1981年の入団1年目から厳しい試練がやってくる。
山口真司 / Shinji Yamaguchi