【映画『ルックバック』評】文化はひとを救い、時に殺す(磯部 涼)
どこにでもいるような“才能のない人間”
裁判記録から青葉被告と文化の関わりを抜き出してみる。小学生の頃から、2つ上の兄についていく形で、当時流行のゲーム(『スーパーマリオ』『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』『三国志』……)、マンガ(『ドラゴンボール』『ジョジョの奇妙な冒険』『はじめの一歩』『金田一少年の事件簿』……)、J-POP(CHAGE & ASKA、Mr.Children、LUNA SEA、GLAY……)などに親しんでいたようだが、独自の好みへと進むのは定時制高校に入った頃だ。 当時、父親がタクシー運転手に再就職したことで、家計に比較的余裕が出来た。青葉被告もバイト代を趣味にあてられるようになり、音楽への興味が高まっていた彼はギターやベース、シンセサイザー、そして前述したようにBOSEのスピーカーを購入。 青葉被告は過去を振り返って、4年間の定時制高校時代の生活が最も充実していたというように語る。確かに学校も皆勤、楽器を買い揃えるためにバイトを幾つか掛け持ち、忙しい中で同僚の女性とデートに行ったり、友人たちと遊びに耽る様子は如何にも青春時代だ。孤独な大量殺人者にもそんな時期があったわけだが、実はこの頃、後の事件の萌芽が見られる。 ある日、友人とロールプレイング・ゲーム『聖剣伝説』を1日でクリアしてみようと盛り上がった青葉被告は、そこに遊びに来た2つ歳上のA氏と出会う。いわゆるオタクで、ゲームやアニメに詳しく、彼のアドバイスもありミッションは11時間で達成。後年、そのA氏から「絶対面白いからやってみろ」と教わったのが『ONE ~輝く季節へ~』(98年)だった。 同作は恋愛ゲームの名作とされ、中心となったスタッフによるゲームブランド「Key」制作の『AIR』(00年)を、京アニがアニメ化(05年)。青葉被告が、『ONE』を知ることがなければ京アニ作品を観ることもなく、小説を書くこともなかっただろうと証言している通り、それが彼の文化との関わりにおいて重要な転換点だった。 高校を卒業した青葉被告は、ゲーム音楽作家になりたいという夢を持って、東京都新宿区のコンピューター系専門学校へと進む。新聞奨学生として寮に住み、生活費は自身で賄っていたが、授業の内容に不満を抱き、3ヶ月で退学してしまう。同級生に定時制高校卒であることを馬鹿にされたのも理由のひとつだという。楽器は売り払い、シンセサイザーは破壊した。 文化への思いが再び湧き出てきたのは、2009年。1度目の逮捕の後、出口の見えない生活の中で京アニ制作のアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』を観たことがきっかけだった。感銘を受けた青葉被告は創作こそが自身の閉塞状況を変え、京アニがその受け皿となってくれるのでないかと考える。谷川流氏の原作をいわゆる大人買い。文体を真似、小説の執筆を開始。母親には自作を「女子高生がキャピキャピしている小説」と説明している。 一方で、ライトノベルやアニメについてリサーチするためインターネットを徘徊する内、当時、アニメシリーズ『けいおん!』の監督として注目され始めていた京アニ所属の山田尚子氏が、ネットを通して未来の大作家である自分に、暗にメッセージを送ってきていると考えるようになる。それはやがて一方的な恋愛感情へ、そしてその虚構性を補完するかのように、自身の作品が流出、京アニに盗作されているという被害妄想へ発展していく。 2012年6月、2度目の逮捕。青葉被告は小説家になる夢を既に諦めつつあったが、刑務所生活の中で“山田”という名前を何度も耳にしたこと(東京ヤクルトスワローズの“山田”哲人選手、『笑点』の“山田”隆夫氏、パズドラのCMのコピー「コンボだ“山田”!」……)などを、やはり自分に対する何らかのメッセージだと解釈、また独房のテレビで山田尚子監督作品『映画 けいおん!』(11年)が映された際、涙を流し、再び創作への想いが高まる。釈放直前には「1年後に作家デビュー、5年後に家を買う、10年後に大御所になる」と目標を書く。 2016年の夏、更生保護施設から前述の埼玉県さいたま市のアパートに転居。執筆活動を再開。京アニ主催のコンクール〈京都アニメーション大賞〉に“沖田介里”のペンネームで短編『仲野智美の事件簿』と長編『リアリスティックウエポン』を応募。自身の体験も取り入れた、言わばこれまでの人生を賭けた作品だったが、落選(*6)。同作をいわゆる“なろう系”を産んだウェブサイト『小説家になろう』に投稿するも、閲覧者はひとりもいなかった。 2018年の正月には小説家になる夢を断念するため、これまで使ってきたネタ帳を燃やす。しかし京アニの情報がスマートフォンに強制的に送られてくる、また同社が落選したはずの自作を盗作しているなど、妄想が悪化。そして前述の、2019年7月14日の夜を迎える。 それにしても、このように青葉被告の半生における文化との関わりを書き出していて心底うんざりしてくるのが、彼が本当にどこにでもいるような、才能のない人間であることだ。まるで私のような。あなたのような。果たして『なろう』に自作をアップしてひとりも閲覧者がいなかったことを嗤えるひとがいるのだろうか。もちろん私たちはあのような事件を起こしていないわけだけれど、そのどん詰まりの先の壁は意外と薄いのかもしれないという恐ろしさを感じる。少なくとも、青葉被告は私たちと同じように文化を愛する人間なのだ。日本犯罪史上最悪とも言われる放火事件の容疑者は。 私は2017年に上梓した『ルポ 川崎』(新潮社)で、ラップ・グループ=BAD HOPを主人公として、閉塞的な人生において文化に可能性を見出す若者たちの姿を描いた。前回(*7)記した通り、その後、BAD HOPは東京ドームで解散公演を成功させるにまで至ったわけだが、彼らが自分たちのキャリアを“奇跡”と評するように、同書に登場する誰もが上手くいったわけではない。もしくは自分が書いたのは綺麗事だったのではないかという後悔もあった。だからこそ、次作の『令和元年のテロリズム』では、文化によって救われなかった者、文化によって道を踏み外した者について考えようと思った。その中に青葉真司被告がいた。 *** (*6)ただし青葉被告の落選は、内容に関係なく応募要項の不備が要因であった。被告はそのことを取り調べで初めて認識している。 (*7)「【音楽のなる場所(磯部 涼)】第2回「少年は岐路に立つ」」(『QJWeb クイック・ジャパン ウェブ』https://qjweb.jp/regular/115654/)