鼻に針が刺さった「駱駝」、エノラ・ゲイの内部…公立美術館で相次ぐ意欲的な企画展
福岡、熊本の公立美術館3館でこの秋、現代社会が抱える切実なテーマと向き合う作品に光を当てた企画展が相次いで開かれている。戦争や格差、偏見など個人の努力だけでは乗り越えられない社会の不条理にどう立ち向かうのか。作品を通じて改めて考えさせられる意欲的な内容だ。 【写真】ホアン・ヨンピンさんの「駱駝」 鼻に針が刺さっている 福岡市美術館(同市中央区)は「あらがう」(12月15日まで)で3作家を紹介する。在日朝鮮人3世の李晶玉さんは原爆を主題とする平面4作品を展示。うち、半球の形状が重なるエノラ・ゲイの内部と、広島の原爆ドームの内側をそれぞれ描いた2作品は原爆を落とした側、落とされた側の視点を盛り込み、それによって何が起きるのかを想像させる。 寺田健人さん=沖縄県出身=は、沖縄戦でできた弾痕の写真をコンクリートに転写し、彫った弾痕部分に米軍の薬きょうを溶かして流し込む作品で、沖縄の抱える傷や記憶を継承する。苦難を抱えながら北九州市のキリスト教会に集う人々を捉えた石原海さんの映像作品も並べた。 企画した学芸員の山木裕子さん(現在は福岡アジア美術館)によると、本展は開館45周年の節目となる展覧会だったが、祝祭的なものにはしたくなかった。開館前後の社会状況を調べると、韓国の朴正熙大統領暗殺やアフガニスタン紛争など時代の転換点となる出来事が相次いでいた。45年がたっても世界は暴力にあふれ、大きな力が個人に降りかかり、分断が広がっている。山木さんは、自分には無関係だと背を向けたり、自分は無力だとあきらめたりしていないかと危機感を募らせた。現代美術の役割は「問題意識を形にし、世間に問いかけること」だと再認識し、今改めて示したかったという。 福岡アジア美術館(同市博多区)はコレクション展「しなやかな抵抗」(来年4月8日まで)を開催。カンボジアやパキスタンなどの作家8人、16作品を展示する。メインは中国に生まれ、フランスでも活動した故ホアン・ヨンピンさんの「駱駝(らくだ)」。鼻に針が刺さり、腹にキリスト教の聖句が書かれたラクダの剥製がイスラム教の聖地メッカの方角を向く。ラクダは、アラブでは富の象徴、キリスト教では人々の罪を背負ったキリストの姿になぞらえられる。異なる文化や宗教的な意味を一頭のラクダに重ね、今にも連なる問題を表現している。 このほか固定的なジェンダー観、歴史観を揺さぶる作品が並ぶ。ひと目見ただけでは理解できない作品が多いが、それ自体が複雑な社会状況を反映しているとも言える。学芸員の桑原ふみさんは「抵抗にもさまざまなやり方がある。メッセージを何層にも織り込むしなやかな表現のあり方を見てもらいたいと思った」。 熊本市現代美術館(同市中央区)の企画は、美術の専門教育を受けていないアール・ブリュットの作品や写真、映像など10組の表現者による「ライフ2 すべては君の未来」(12月8日まで)。さまざまな制約から生まれる孤独や不自由にどう向き合うのか。学芸員の坂本顕子さんが強調するのは「誰しも手を携えて生きている」ということだ。 東京を拠点にするアートユニット「キュンチョメ」の「声枯れるまで」は出生時の性別に違和感があり、新たな名前で生きる3人と対話する映像作品。家族との複雑な関係などを吐露する音声に、運動や誕生日祝いを一緒に楽しむ映像が重なり、最後は当事者とともに新しい名前を何度も叫ぶ。ろう者の写真家、齋藤陽道さんの展示は初写真集「感動」に収めた作品が中心。特に目を引くダウン症の2人が抱き合う写真は、言葉によらない「声」で相手と関係を結ぶ瞬間を尊い時間として捉えた。初対面の齋藤さんのこともハグで歓迎してくれた。 今年のノーベル平和賞は日本原水爆被害者団体協議会(被団協)に、文学賞は韓国作家のハン・ガンさんに決まった。人々の痛みに向き合い続けていることが通底し、「暴力」の止まらない世界への警笛と受け取れる。そんな時代に九州でもこれらの企画展が相次ぐのは必然だろう。個々の問題意識を出発点に、過去や不確実な未来、そして隣人に十人十色の表現で向き合う。そのような作品群に、鑑賞者の私たちは社会を取り巻く問題を引き寄せ想像することを促される。分かりやすい答えが出ない社会に自分なりに向き合う一歩につながる展覧会だ。 (丸田みずほ)