善か?悪か? 松本清張は小説の中で「新聞記者」をどう描いていたのか
松本清張の犯罪をテーマにした小説の中で、事件を解決していくのは刑事ばかりではありません。事件の当事者以外に、学者や新聞記者、編集者などが登場し、捜査のプロフェッショナルである刑事とは違う視点での推理や調査で事件の真相に迫り、ハラハラする展開で楽しませてくれます。清張の小説の中では、とくに新聞記者が多く登場し、さまざまな個性を見せつけてくれます。そもそも清張の生きた時代の新聞記者とはどのような人たちだったのでしょうか? また、清張は彼らに対し、どのような思いを抱いていたのでしょうか? ノートルダム清心女子大学文学部教授の綾目広治さんが解説します。
一般人よりは事件と深く関わることができるのが、新聞記者という存在
犯罪事件が織り込まれたミステリーやサスペンスを得意とした清張の小説に、事件の報道を仕事としている新聞記者たちが登場するのは、当然であった。また、それだけでなく、新聞記者たちはそれら清張の小説を展開していく上で利用価値の高い存在でもあった。 新聞記者には一般の人間とは違って情報のネットワークがあり、取材のためという大義名分があるから、どこへでもフットワーク軽く調査に出かけられる。また、新聞記者に取材される側も、聞き手が新聞記者ならば、警戒する場合もあるだろうが、聞かれること自体に違和感を持つことはないであろう。ある事件が起きたとき、警察以外では事件のことを関係者に聞くことはできないが、新聞記者ならばそれが可能だし、少なくとも不自然さは無い。もちろん、新聞記者には捜査権のようなものは無いのだから、新聞記者が集めてくる情報のほとんどは、たとえば犯人を特定することに関して言うならば、直接に証拠となる情報ではなく、傍証として使えるような情報ばかりであろう。 これらのことを言い換えれば、新聞記者は刑事のような捜査はできないが、しかし一般人よりは事件と深く関わることできる存在なのである。その意味で、新聞記者は刑事と一般人との中間に位置する存在だ。つまり、新聞記者がそういう存在であるからこそ、探偵側の登場人物たちの〈足〉による地道な調査から、帰納的推理によって事件の真相に迫るミステリーを数多く書いた清張にとって、傍証となる事実を集めていく新聞記者の存在は、物語を展開していく上で実に利用価値の高い存在であったと言える。