『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:前へ進む(立正大・熊倉匠)
東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」 【写真】影山優佳さんが撮影した内田篤人氏が「神々しい」「全員惚れてまう」と絶賛の嵐 高校選手権で日本一の歓喜を味わったのも、大学に入ってから思うように試合に出ることが叶わなかったのも、そして、ずっと夢見てきたプロサッカー選手という職業を掴んだのも、すべては自らの足で歩いてきた道の途中で、自分自身が経験してきたこと。今の日常を取り巻くものに感謝しつつ、これからも前へと進み続けることだけが、望んだ景色を見るための唯一の方法だということも、もうとっくにわかっている。 「大学では試合に出ることが本当に少なかった中で、苦しいことはたくさんあったんですけど、その中でも自分のなりたいもの、目指しているものをブラさずに、この3年半もしっかりやれたと思います。あとは同期もそうですけど、自分に関わる全ての人への感謝の気持ちがあったからこそ、ここまで折れずにやってこれたので、凄く恵まれているなと感じますし、いろいろな方に支えてもらって、今の自分がいるなと思っています」。 1部復帰だけを狙う立正大のキャプテンを託されている、漢気にあふれた背番号1の守護神。GK熊倉匠(4年=山梨学院高/鹿児島内定)は少なくなった大学生活の中でも、まだ自分がこのチームに残せるものを、最後の最後まで追い求めていく。 「今日はホーム最終戦で、4年生にとってはこのグラウンドでできる最後の試合だという話は結構出ていたので、みんな各々で思うところはあったと思います」(熊倉)。関東リーグ2部第19節。今季のリーグ戦では最後のホームゲームとなった城西大戦。4年生は並々ならぬ気合を入れて、この日の一戦に臨んでいた。 試合前のウォーミングアップ。フィールドプレーヤーから少し離れた位置で、彼らとは違う色のウェアを纏った2人が時折笑顔を交えながら、着々と準備を進めていく。1人は熊倉。もう1人はGKジョーンズ・レイ(4年=大宮U18/藤枝内定)。ともにJクラブの内定を勝ち獲っている実力者だ。 「アイツには感謝しかないですね。ずっと試合に出ていたのに、サブに回るというのは凄く苦しいことですし、普通は出ている選手のことを素直に応援できないと思うんですけど、アイツはそういうところも殺しながら、自分が最善のプレーをできるようにサポートしてくれるので、本当に感謝しかないです」。 熊倉はこの3年半の時間を共有してきた“盟友”への感謝を隠さない。今シーズンはジョーンズが開幕スタメンを獲得。3節と4節こそ熊倉も出場したものの、それ以外の試合では一貫してジョーンズがピッチに立ち続けてきたが、リーグも終盤戦に差し掛かった17節からは3戦続けて背番号1が先発に返り咲いている。 「勝つために何が必要かということをお互いに考えてやっているので、ここまで切磋琢磨しながらやってきました。アイツの調子が良かったら、自分も気を引き締めてやらないといけないですし、常に自分に刺激を与えてくれる存在ですね」。今は最高の“ライバル”の想いも背負って、ゴールマウスを守っている。 山梨学院高のキャプテンとして挑んだ第99回高校選手権で、熊倉は大会を通じてハイパフォーマンスを披露。とりわけ決勝の青森山田高戦では、PK戦でFC東京U-15深川時代のチームメイトでもある安斎颯馬(早稲田大4年/FC東京内定)のキックをストップし、日本一の立役者となったことで、一躍サッカーファンに名前を知られる存在となる。 大きな希望を抱いてスタートさせた大学生活だったが、3つ上には湯沢拓也(ミネベアミツミFC)、1つ上には杉本光希(磐田)、同期にはジョーンズと実力者が居並ぶGK陣の中で、公式戦のベンチ入りもままならない日々が続く。 それでも自分の中で掲げた目標だけは、ブレることがなかったという。「周りからの声やプレッシャーは凄くありましたし、自分の理想としていたものと現実のギャップはありましたけど、目指しているところは変わらなかったので、そこがブレないようにいつでも見えるところに『プロサッカー選手になる』という目標を書いて、キツい時にもそれを見るようにはしていました」。 最初の3年間でのリーグ戦出場はゼロ。常に悔しい想いは持ち続けていたが、かつての栄光と今の苦しい時間を必要以上に比較するようなことは、ほとんどなかったそうだ。「やっぱり日本一なんて誰にでも経験できることではないので、そこは自分の中でも誇りに思っていましたし、『もっとやらなきゃいけないな』と思わせてくれる1つの原動力にはなったと思います」。あの日の埼玉スタジアム2002で眺めた景色を思い浮かべ、あの歓喜を味わった自分ならできると言い聞かせ、目の前のトレーニングと向き合っていく。 迎えた大学ラストイヤー。キャプテンに指名された熊倉は、前述した3節の立教大戦で4年目にしてとうとう大学リーグデビューを果たし、その試合にも勝利したものの、5節からはベンチスタートへと逆戻りすることになる。 ただ、やるべきことを変えるつもりは毛頭ない。それは大学に入学してから、いや、むしろサッカーを始めたころから、常に自分の中で大切にしてきたことだ。「いつチャンスが来るかわからないので、常に良い準備をしてというところは、ずっと心掛けてきました。『満足したら終わりだな』と大学生活で感じてきましたし、常に上を目指しながら、そのために逆算して行動することは凄く大事だと思います」。その志を貫く中で、この時期になって再びチャンスを手繰り寄せたのだ。 今季のホーム最終戦。立正大は前半42分にDF田中誠太郎(4年=高川学園高/宮崎内定)のスーパーミドルで先制。前半の内に1点をリードするも、その直後に決定的なピンチがやってくる。左サイドで許したクロスから、ドンピシャのヘディングを枠内へ打ち込まれたが、凄まじい反応でビッグセーブを見せた熊倉は、こぼれ球を拾われ、至近距離から再度放たれたシュートも、身体全体を使って弾き出す。 「日ごろからああいうシュートに対して、準備してやってきていることが出たなというところで、練習の賜物かなとは思いますけど、『止められて良かったな』と自分の中でホッとしたところはありますね。良いセーブができたと思います」。思わずボールパーソンも「アレがプロに行くクオリティか……」とつぶやくような圧巻の連続セーブ。守護神の意地がホームグラウンドで炸裂する。 後半に入ると開始早々に追い付かれたが、19分にはMF新山大地(4年=高川学園高)が田中に負けずとも劣らない強烈なミドルをゴールへ突き刺し、またもリードを奪うと、31分にもMF川上航立(4年=帝京長岡高/水戸内定)のアシストからFW多田圭佑(4年=矢板中央高/水戸内定)が3点目を叩き出す。 全得点を4年生が記録した試合は、3-1で快勝。「チームとしてもこの4年間は苦しいこともたくさんあったんですけど、ここで4年生がやれるのも最後というホーム最終戦で、4年生の3人が点を獲るというのは凄く意味があることでしたし、凄く感慨深いゲームでした」。試合後はキャプテンも笑顔を浮かべ、チームメイトと勝利の歓喜に浸った。 城西大に勝ち切った試合から、わずかに4日前のこと。10月23日に鹿児島ユナイテッドFCから熊倉の2025シーズン加入内定のリリースが発表された。 「監督とコーチが鹿児島の方と繋がりがあって、『キーパーを探している』ということで、自分のことを推してもらって、そこから気にしてもらえたところが最初だったと思うんですけど、それで9月に入って練習に呼んでもらった形でした」。それまでもいくつかのJクラブの練習には参加していたものの、正式なオファーは届いていなかった。 「なかなか決まらなかったので、正直焦りはありましたけど、GKコーチの松本(浩幸)さんからは『焦らなくて大丈夫だ』とずっと声を掛けてもらっていましたし、いろいろな方にサポートしてもらいました」。覚悟を持って挑んだ勝負。今の自分にできることを、とにかく全力で出し切ることだけに全神経を傾ける。 「手応えも結構ありました。自分の得意としているシュートストップの部分とか、コーチングの部分をしっかり出すことができて、アピールはできたんじゃないかなと思います」。練習参加から2週間ほど経ったころ。ようやく熊倉の元に連絡が入る。結果は合格。ずっと掲げ続けてきた目標が、ついに叶った瞬間だった。 「『内定が出た』という連絡が入った時は泣いてしまうぐらい嬉しかったですね。『今まで4年間やってきたことが報われたな』と思いながら、いろいろな方への感謝の気持ちが湧いたのと同時に、『ここからがスタートだからこそ、もっとレベルアップしないとな』というところで、気が引き締まったところもありますね」。 「両親は泣いて喜んでくれました。2人には今まで何不自由なくサッカーをやらせてもらってきたからこそ、もっと恩返ししないとなと思いましたし、ここからはJリーグの舞台で試合に出ることも親孝行の1つだと思うので、もっともっと親孝行したいですね」。尽きない感謝を形にできる職業に就いたからには、もうそれをピッチの上で示し続けるだけだ。 熊倉には絶対に果たしたい“再会”もある。FC東京U-15深川時代のチームメイトだった安斎と稲村隼翔(東洋大4年/新潟内定)は、特別指定選手として一足先にJリーグデビューを飾っており、シビアな世界で着実に存在感を示しつつある。 「あの2人の活躍はメッチャ刺激になりますね。安斎がJリーグの試合に出て点を獲っているのを見れば、『凄いな。もっとやらなきゃな』と思いますし、(稲村)隼翔とはよく練習試合で対戦していて、そこで話をした時も『もっと頑張ろうな』みたいに言い合ったりしてきたので、2人にも感謝していますし、今度は自分がアイツらに刺激を与えられるように、もっとやらないといけないなと思っています」。 「だからこそ、プロの舞台で対戦するのがメッチャ楽しみですし、絶対に負けたくないですね。選手権の決勝では安斎に勝ちましたけど、アイツもプロの世界で自分と対戦するとなったら、目の色を変えて向かってくると思うので、自分は逆に今の立場を引っ繰り返せるぐらいレベルアップしたいですし、隼翔にも練習試合では負けているので、次は勝って僕が笑えるようにやっていきたいと思います」。彼らと同期の仲間たちも、きっとその“再会”を楽しみにしているはずだ。 リーグ戦も残すところ3試合。1部昇格圏内との勝点差はわずかに1まで肉薄しており、ここからはより負けられないゲームが続いていくが、2024年のチームを牽引してきたキャプテンの心の中では、やるべきことに、出すべき結果に、もう微塵の迷いもない。 「この立正大学が1部昇格するために、全力でやれるチャンスがあと3試合残っているので、今自分にできることを精いっぱいやって、チームに恩返しできるような結果を出したいですし、後輩たちにも来年は1部という新しい舞台を用意して、プロ入りのチャンスをより掴めるようにしてもらいたいので、自分たち4年生がみんなで引っ張って、頑張っていきたいです」。 良い時も、悪い時も、嬉しい時も、苦しい時も、それこそ試合に勝っても、負けても、自分と真摯に対峙してきたからこそ、すべての経験は今に繋がっている。いつだって、その時に立っている場所がスタートライン。熊倉匠が力強く切り拓いていく未来には、きっと今まで以上に数多くの刺激的な出会いが待ち受けているに違いない。 ■執筆者紹介: 土屋雅史 「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に『蹴球ヒストリア: 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』『高校サッカー 新時代を戦う監督たち』