「夏目漱石の大ファン」で末娘は漱石の長男と結婚まで…100年前の謎の趣味人「三田平凡寺」とは?(レビュー)
カバー写真からもう非凡さ満点。カンカン帽にダボシャツ姿という上半身に、ハイソックスとローラースケートを合わせるファッションはインパクトがあり過ぎる。 三田平凡寺は、大正から昭和にかけて趣味家集団「我楽他宗」を率いた人物。ガラクタ収集を掲げて、遊び心にあふれた文化ネットワークを形成していたそうだ。 骨董品や美術工芸品のような立派なものではなく、マッチ箱や箸袋、絵葉書、玩具など、日常のありふれた事物を収集して、知的なエンターテインメントとして楽しむ感覚は、現代人ならば理解できる。 でも百年も前に、ガラクタをキーワードに世界の趣味人を集めていたというのには驚かされる。メンバーには著名な美術家や学者、建築家たちが名を連ね、国籍も身分も性別も問わない集団だったという。 いまでこそ、グローバリズムやダイバーシティといった言葉で共有されている概念だけど、SNSで簡単に同好の士を見つけられる現代とは話が違う。海外旅行だって簡単じゃなかったはず。なのに平凡寺は〈我々が今ようやく気付きはじめた近代が持っている可能性をいちはやく実現してしまった〉。 どうしてそんなコミュニティーを形成することができたのか、というのが本書のテーマ。荒俣宏、安藤礼二、夏目房之介といった執筆陣が一章ずつを担当して、平凡寺の人柄や言動、思想などを紹介する。 夏目漱石の孫として知られる房之介さん、じつは平凡寺の孫でもあるのだという。三〇代の頃に〈文豪でないほうの祖父の存在が私の中でも大きくなってきていた〉と記す。血筋が凄すぎて想像しにくいけれど、読後にはたしかに〈平凡寺系の血〉が魅力的に思えてきた。 平凡寺と我楽他宗は長く謎に包まれた存在で、最近になって注目されて研究が進んできたそうだ。やっと時代が追いついたということか。 [レビュアー]篠原知存(ライター) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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