河崎秋子さん、羊飼いだった作家前夜を綴る初エッセイ集についてインタビュー「傍から思い切りよく見えているときでも内心はビビり倒しています」
これを書くことで、きちんとけじめをつけられた気がする
大学時代は文学サークルに所属し、当時から小説を書いていた。 「あんまりできがよろしくなくて。もっと人生経験を積んで、考えを練ったほうがいい。自分にはまだまだ足りないことが多いので、とりあえずは人間として、苦労しながらやりたいことをやることが大切で、そうしていたらそのうち何か書けるかもしれないと20代では考えていました。羊の勉強を始めたときも、『書くとしても今じゃない』と思っていましたね」 その後、2012年に「東陬遺事」で北海道新聞文学賞を受賞、2014年に『颶風の王』で三浦綾子文学賞を受賞したのは周知のとおりだ。その後も、兼業で羊飼いを続けていたが、作家専業になることを決断する。 「この本のもとになる連載を書く機会をいただいたことで、きちんとけじめをつけられた気がします。書いてなかったら、自分の心の中でやめられてなかった可能性もあるかなと思います」 もともと大学時代に教授の家のバーベキューで食べた北海道産羊肉の美味しさが、羊飼いを目指す大きなきっかけだったという河崎さん。本に載っている料理写真も、写真だけでも美味しいとわかるが、一方で、最初に食べた、自分が育てた羊肉の味を特段、記憶を残していない、と書いているのが興味深い。人間の記憶のメカニズムの不思議さをうかがい知るエピソードである。 羊飼いの先輩や、作家の先輩など、河崎さんの文章からは道のない道を進んだ先人に対する深い敬意が感じられる。 「それは私がビビりで小心者で器が小さいからだと思います。だからこそ先輩方の忠告はまじめに聞かなきゃと思うんです。ビビりだからこそ決断するときはきちんと決断しなきゃと思うし、傍から思い切りよく見えているときでも内心はビビり倒しています」 我が道を行くという言葉がぴったりくる河崎さんが、ビビりだというのはにわかには信じがたいが、そういう気持ちがあってこそ、思い切った決断ができるのかもしれない。 小説は重厚で骨太な筆致で描かれるが、エッセイは飄々とユーモラスに内心の声が(丸がっこ)で吐露され、くすりと笑いたくなる箇所がたくさんある。 「小説の視点人物は私ではないので、よほどコメディを狙った話でない限りまじめに書いていますが、エッセイは私自身、林望さんとか、ふっと笑えるものを好んでいましたので」 羊飼いはやめたが、羊肉を販売していたレストランや羊飼いの先輩たちとの関係は続いている。 「こないだも、本に出てきたのとは違うお店に行ってきました。羊の肉を生産しなくなっても縁が続くのはありがたいと思います。羊がちゃんと美味しかったから続く縁なので、羊のおかげ、羊様様です」 【プロフィール】 河崎秋子(かわさき・あきこ)/1979年北海道別海町生まれ。2012年「東陬遺事」で北海道新聞文学賞(創作・評論部門)を、2014年『颶風の王』で三浦綾子文学賞とJRA賞馬事文化賞を、2019年『肉弾』で大藪春彦賞を、2020年『土に贖う』で新田次郎文学賞を、2024年『ともぐい』で直木賞を受賞。ほかの作品に、『絞め殺しの樹』『介護者D』『愚か者の石』『銀色のステイヤー』など。いまは≪北海道の十勝で物書きをしながら一人で暮らしている 取材・構成/佐久間文子 ※女性セブン2024年12月5日号
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