発達障害の子どもを診察する医者が語る「薬物療法に対する本音」…多くの人が誤解している「薬物依存や副作用」
脳の中の悪循環を抑える
薬物療法の効果はこれまでは熱が出たときに用いられる熱冷ましのような対症療法と考えられてきた。ところが最近の脳研究の中で、必ずしもそうとは言えず、場合によってはかなり根本的なところに作用しているのではないかという可能性が示されるようになった。 たとえば広汎性発達障害のタイムスリップに選択的セロトニン再取り込み阻害剤(つまりこれはセロトニン系の神経の賦活を行うという作用機序を持っている)という抗うつ薬の一種が用いられ、興奮しやすい症状やパニックの頻発に抗精神病薬(この薬の主な働きはドーパミン系の神経系の抑制である)の少量が用いられてきたが、近年の脳科学の研究によって、広汎性発達障害におけるセロトニン系の神経の機能不全と、ドーパミン系の機能亢進が示された。 そうなると、上記の二剤がしばしば有効というのは当然であり、対症療法とは言いがたい。多動へのメチルフェニデートの作用についてもすでに述べた。うつ病や強迫症状に対して用いられる抗うつ剤も、薬が効く部位が明らかになってきており、いずれもそれぞれの症状のメカニズムのほとんど根本の問題に働いているのである。 考えてみればそれだからこそ有効なのであって、そうでなければ効くはずがないであろう。しかし問題は、個人差が非常に大きいことと、非常にゆっくりと効果が現れることである。 一方で、薬物療法だけで治療が可能かというともちろん無理である。発達障害といえども、大半の問題の解決は本人の自己治癒力に委ねられており、基本的な健康な生活維持の努力なくして、何を行っても無意味である。 いらいらと荒れている子に、1日4時間以上もテレビゲームをさせて止めない、不安定で不穏な子に週に4回塾に通わせ、そのために週に4日は睡眠時間が極端に少なくなる状態を変えない。このような環境調節を行うことなく、薬物療法や精神療法を行ったとしても完全な無駄であろう。すでに述べたが養生訓こそ最優先であることは、臨床の場に座っていると毎日実感されるところである。 薬物療法の効き方をみると、先に述べたように悪循環を抑えるというものが大半であるが、それも脳の中の悪循環を抑えるといった感じの働き方というのが筆者の実感に近い。クールダウンが難しい(特に広汎性発達障害の子どもの)脳に、薬によって脳内の環境調節を図っているわけである。 したがってそのような対応を行っても、長時間のAV刺激および情緒的興奮という強烈な刺激によって極度に脳の興奮を持続させる状況を長時間続けるというのは、マッチポンプそのものである。もちろんすべて禁止する必要はない。 筆者が主張しているのは極論ではなく、興奮が後を引かない程度にまでたとえばゲームの時間を制限することは、普通の子どもにも健康な生活のために必要であろうというレベルの常識論である。薬物療法という論点に戻れば、過小評価も過大評価も好ましくないという実に常識的な線に尽きる。 ※本書で取り上げられている事例は、公表に関してはご家族とご本人に許可を得ていますが、匿名性を守るため、大幅な変更を加えています。
杉山 登志郎