「バレエがこんな世界だったなんて」 谷桃子バレエ団の密着動画「賛否の嵐」とその先 “ガチの密着”で映像ディレクターも自問自答
しかし、そんな頼もしい彼女も限界を迎えようとしていた。 「着地はどこへ向かっているのでしょうか?」 電話口の声は完全に疲れ切っていた。初めて会った時のエネルギーに満ちた彼女とは別人のようだった。 ここで言う「着地」とは「お金面などのネガティブ面を映し続けるばかりだが、最終的にハッピーエンドはいつやってくるのか?」という意味だった。 「ガチの密着なので、ゴールがどうなるか僕も分かりません。でも本番の舞台が一つの『着地』だと僕は思っています。バレリーナたちの苦労を見せた後に、本番の舞台を観た人たちがどう思うのか、そこに答えがあると思います」
「わかりました……渡邊さんを信じます」 力無い返事から、不安が伝わってきた。 ■「この動画は一体誰を幸せにしているのか?」 YouTubeで動画を公開するまでの当時の流れは以下の通りである。 事実関係や情報としての間違いがないか確認するため、配信前日に完成した動画を運営会社に送る。このタイミングで初めてバレエ団側は動画の内容を知る。そして、間違いがなければそのまま配信される。内容的な修正は原則無し。
とはいえ、配信の最終的なGOサインを出す責任を痛いほど感じていたのだろう。日に日に弱っていく電話口の運営担当者の声に僕も辛さを感じていた。 「この動画は一体誰を幸せにしているのか?」 そんな考えが脳裏を過ぎる。 動画を公開する度に、再生回数は右肩上がりに増え続け、多くの人に見てもらえている。「面白い」と言ってくれる視聴者もたくさんいる。 しかし、より近い範囲の人、取材対象者たちはどうだろう。みんな不安がっている。疲れている。
「出た人を幸せにできる動画を作りたい」 そんな思いで憧れだったテレビの世界から離れ、今の仕事をしている。だから、自分のすべての時間を注ぎ動画を作る。それなのに、自分のやっていることのせいで動画に関わる人たちが不幸になっているのでは? それなら僕は何のために頑張っているのか? そんな考えが頭をグルグルと巡る。「今は我慢の時だ。いずれ結果が出て、皆が喜べる時がくる」配信を始めて2カ月。そう自分に言い聞かせながら撮影・編集する日々が続いた。
前記事:「老舗バレエ団が動画配信、華やかさの裏の“現実”」
渡邊 永人 :映像ディレクター