幕末庶民のプライドが垣間見える「かわら版」と「古写真」研究
大阪学院大学経済学部教授の森田健司さんが執筆するTHE PAGEの人気連載「『かわら版』が伝える 江戸の大スクープ」が、洋泉社から『江戸の瓦版 庶民を熱狂させたメディアの正体』(歴史新書y)として書籍化されました。森田さんには引き続き「古写真で知る幕末・明治の日本」を連載していただいていますが、江戸時代末期から明治時代にかけてはどんな時代だったのでしょうか? かわら版と古写真の研究を通じて森田さんの目に見えてきたものは、当時の庶民生活の息遣いとプライドでした。
現代語訳だけでは、事実は見えてこない
── なぜ、かわら版研究を始めたのですか? もともと私は江戸時代中期の石門心学の研究からスタートしました。その思想を語るためには、当時の文化的な背景を知る必要があります。石門心学の創始者・石田梅岩(1685~1744)は、呉服屋で働いていました。服というのは、いまですと買い換えが当たり前の消費財ですが、昔は、一生に一度か二度買うかのような消費財で、しかもほとんどの場合、古着でした。現代とは位置付けがかなり違っていたということに気づきました。 調べを進めていくと、服だけではなくて、食事や遊び、お芝居も現在とは位置付けが大きく違っていたのです。情報を入手する手段としてのかわら版もそうでした。かわら版は、庶民の情報源であると同時に娯楽でもあったということが分かりました。そこで、さらに関心が向いたのです。 ただ、文献があまりないのです。マスコミ研究者の小野秀雄(1885~1977)が大きな成果を残していますが、それ以降は時代考証家らが2、3冊の本を出しているくらいです。学術的には、妖怪などのへんてこなかわら版の研究はされてきませんでした。コレクターのなかで盛り上がりはありましたが、それ以上考証まで踏み込んだ研究はありませんでした。 かわら版を読み下す(現代語訳)だけでは、事実は見えてきません。どの本を読んでも、かわら版がどう作られて、どう流通したのか、なぜ非合法とされたのかが語られていませんでした。