日本で型式証明を取得するには何が必要か 特集・ホンダジェット生みの親、藤野氏に聞く(前編)
世界最大規模の航空宇宙分野の学術団体である米国航空宇宙学会(AIAA)が、HondaJet(ホンダジェット)を開発したホンダ エアクラフト カンパニー(HACI)前社長兼CEO(最高経営責任者)の藤野道格さんに、ダニエル・グッゲンハイム・メダルを贈呈した。ライト兄弟のオーヴィル・ライトや、ボーイングの創業者ウィリアム・ボーイングをはじめ、航空宇宙分野で功績を残した人々に授与されており、藤野さんの先見的なリーダーシップやホンダジェットの革新的な設計などが評価されたものだ。 【写真】ホンダジェット最新型「エリートII」の機内 民間航空機の開発では、機体の安全性を国が認める「型式証明」取得が大きな関門。しかも安全に関するハードルは年々高くなっており、常に最新の知識や情報を得て、設計に反映していかなければならない。 ホンダジェットの量産初号機(登録記号N420EX)が2014年6月27日に初飛行して10年。藤野さんに型式証明の難しさや、日本の航空産業を発展させていく上で、どういった人材が必要なのか。「型式証明」をテーマに聞いた。(全2回) ◆型式証明の難しさは何か ── 航空機の型式証明を取得することは非常に難しいと言われています。どのような点で難しいのでしょうか。 型式証明を取るということは、飛行性や構造、システムなど、多くの項目で民間航空機の安全性や環境適合性の基準を満たしていることを証明することです。従って、すべての基準を満たしていることを試験や解析によって示さなくてはいけません。現代の複雑な航空機の設計において、多くの基準を完全に満たしながら航空機を開発することは容易なことではありません。 また、航空法に記されている基準は、基本的には我々専門家が見れば理解できる内容ですが、項目の中にはその基準の記述がハイレベルで示されている場合や、具体的に示されていない項目もあります。新技術を採用する航空機の場合などでは、証明の方法自体を技術的な筋道を示して証明していかなくてはいけません。 航空機を開発し、型式証明を取得するには、このように技術的なロジックを示しながら、FAA(米国連邦航空局)などのAuthority(当局)が納得する方法で、耐空性を証明をしていかなくてはいけないので非常に難しく、膨大な作業となります。ホンダジェットでは、FAAに提出した書類は240万ページにもなりました。 ── 飛行機を飛ばすのは簡単だが認定を取ることは難しい、とも聞きますが。 「飛ばす」という意味が実験機として飛ばすということのみであれば、型式証明を取得することと比較して、要求はかなり緩和されます。しかし、民間機として運用されるのであれば型式証明を取ることは必須です。 民間航空機を開発するという事は、厳しいルールの中でベストの性能や商品性を持つ航空機を作るという事で、開発と型式証明取得を切り離して考えることはできません。 「飛ばすことは簡単だが型式証明は難しい」という表現は、野球で例えれば「速いボールを投げるのは簡単だ。しかしストライクゾーンに入れるのは難しい」というような感じです。ルールを知らずにプレーしてもあまり意味がありません。我々航空機の開発者が民間機を作る時には「開発=型式証明」と思って進めることが必要です。 ── 日本で型式証明を取ることは、FAAからの型式証明より難易度は高いのでしょうか。 航空機の型式証明を取ることは、日本でも米国でも容易なことではありません。米国においても新規メーカーが新型航空機の型式証明取得に挑戦して、成功するケースは非常に少ないです。さらに既存の航空機メーカーであっても、新規開発の航空機の型式証明を取得するのは年々難しく(厳しく)なっています。 現代の航空機は技術的にも大変高度で複雑になっていること、型式証明の基準もハードルが上がっていることも、型式証明の取得を難しくしている原因です。日本だけがルールが厳しいとか、難しいということではありません。 私は、ホンダジェットの日本での型式証明を得るために、FAAの型式証明のValidation(検証)を日本の国土交通省航空局(JCAB)と行った経験があります。その時の経験ですが、すぐにチームを編成して的確に、そしてタイムリーに対応してもらいまして非常に有能と感じました。一方で、新規開発で全機レベルでの型式証明となりますと、日本はまだ経験が浅いことは事実です。 インテグレーターとして全機レベルでの型式証明の経験を積み、ノウハウをAuthority側にも作っていくことは必要だと思います。 ◆見切り発車はいけない ── 型式認定プログラムを成功させるには、どのようなことが必要ですか。 第一に、開発がConceptional Design(概念設計)フェーズから型式証明のプログラムフェーズに入る時には、できるだけ技術的なUnknown(未知)がないようしておくことが必要です。 型式証明プログラムの途中で機体の仕様を変えるとか、技術課題や認定基準を十分理解しなかったために構造様式、材料配置、システムレイアウトなどを大きく変更しなくてはいけなといったことが起きると、開発全体のスケジュールや開発費に対するインパクトが大きく、認定プラン、スケジュールなどに大きな影響を与えます。 私が米国に行った時には「型式証明のプログラムで、新技術を3つ以上入れると、プログラムが失敗するリスクが非常に高くなるから避けなくてはいけない」と言われていました。 ですから、型式証明プログラムを開始する時には、新規に採用する技術が型式証明を取得できるものなのかを、きちんと見極めておかないといけません。 例えば、ホンダジェットでは主翼上面エンジン配置形態、コンポジット胴体などの新技術を採用していますが、型式証明のフェーズに入る前に、クリティカルな技術実証をほぼ完了させていました。型式証明を開始する前の段階で、リーダーシップやマネージメントがこれから開発する航空機の技術成立性を正しく判断してから、型式証明プログラムを開始することが航空機開発の成功を左右します。安易な希望的な観測のみで見切り発車をしてはいけません。 2番目は、型式証明における技術的な証明のクライテリアをできるだけAuthorityと事前整合しておくことが重要です。私はホンダジェットのFAA型式証明の申請をする以前から、非公式にですが実証機のクリティカルな技術の説明を頻繁に行って、証明の方法も議論、整合して自分なりにきちんとした技術証明ストーリーも持っていました。 しかし、それほど事前に調整をしておいても、型式証明の過程においてはいろいろなことが起こります。FAAの担当者がその要求を変えてくることもあります。そういう時には、担当者間で調整を試みますが、どうしても担当レベルで合意できない時には、私はワシントンD.C.の認定部門のトップと直接話し合って両者で納得できる結論を出すこともありました。 型式証明プログラムは、FAAなどのAuthorityと二人三脚で進める双方向の作業ですから、そういう信頼関係に基づく交渉によって進めていくことも必要です。 (つづく) *後編は12月8日の週に公開予定です。
Tadayuki YOSHIKAWA