「お金を渡すと、彼の機嫌は良くなった」26歳の女は、82歳の男性をなぜ刺したのか 知的障害、ADHD、DV…搾取され続けた日々、裁判員は「やるせない」と表現した
▽支援体制の再構築 障害のある被告がどうすれば悲劇を避けることができたのかは分からない。ただ、公判の終盤では、どうすれば再発を防げるかという観点で審理が行われた。 証人として出廷した社会福祉士の橋本久美子さん(54)は、被告や母親との面会を通じて作成した「更生支援計画」の概要を説明している。更生支援計画は、再犯リスクを下げるために本人にとって何が必要かを考える文書で、刑務所にも引き継がれるものだ。 橋本さんの説明では、特別支援学校に通学し、病院などで福祉的支援を受けるなど、被告が実家を出るまではある程度の支援体制が確立されていた。しかし、1人暮らしを始めたことで崩壊している。 計画はこの点を踏まえ、以前の支援体制を再構築し、対人関係を円滑にするためのSST(ソーシャルスキルトレーニング)と呼ばれるプログラムを進めるべきだと示した。 「検察としても再犯防止は重要なテーマだと考えています」。こう切り出した検察官は、計画の実効性について質問を重ねた。公的な福祉サービスにつなげ、頼れる人を増やしていくことが必要だと、橋本さんは強調した。
裁判官からは、実家に戻り、長女と共に暮らすことのリスクや懸念について質問が集中した。橋本さんは被告の母親へのケアを指摘。その上で「私もすごく心配した。長女に自分のことを何ていうのか(被告に)聞いたら、『お姉ちゃんと言う』と言っていた」と明かし、将来は3人で暮らす光景を描いてみせた。 ▽被告への同情の声 判決は、傷害致死罪などで懲役6年。 判決理由では、被告が置かれた状況を汲んだことが説明されている。 「障害の影響のために社会適用が困難になり、このような不健全で不安定な生活環境に身を置かざるを得なかったとも考えられ、このような背景にはある程度同情の余地がある」 更生支援計画が作成されたことも有利な事情と判断された。 判決後、審理を務めた裁判員が取材に応じ、被告に同情的な声を寄せた。 ある女性の裁判員はこんな感想を語っている。 「普通なら助けを求めるような状況でも、助けを求められなかったことに精神障害が影響していると思うとやるせない思いになった。恋愛感情につけ込まれてしまったこと、痛ましいと思う」
50代の男性裁判員はつらい事件だったと述べた。「被告に対して当初は憎しみや怒りが出てくるかと思ったが、そういう感情が全く出てこなくてつらい事件だった」 最後に、橋本さんに判決について尋ねると、残念そうに話した。 「更生支援計画を評価してくれるなら、もう少し刑期の縮小を考えてほしかった」 6年後では、更生支援計画で示したような環境がなくなっている可能性があり、現在4歳になっている長女との関係性にも支障が出るためだ。「刑務所にいるよりも、支援を受けながら人とのつながりを持ち、社会の中で処遇する方が、地域生活の安定と再犯防止につながるのではないか」