やはり確信犯だった史上初「中国軍機」領空侵犯 「防空は国家主権の象徴…」暴挙を誘発した「習近平」異例の重要演説の中身
軍に変化が
しかし、この見方は極めて疑わしい。それは、中国軍機が長崎市の男女群島周辺を飛行し、旋回コースをわずかに外れて日本領空に達し、2分後に旋回コースに戻るという飛行ルートを見れば一目瞭然だ。 防衛省統合幕僚監部の発表によると、「Y9」は中国方向から飛来し、午前10時40分ごろ、長崎市の南西約150キロに位置する男女群島の南東の空域で旋回を開始。11時29分ごろ、旋回コースを外れて、群島の東から日本領空に侵入した後、左に旋回して南東方向に進み、2分後の同31分ごろ日本領空を出て、群島南の上空で再び旋回した後、午後1時15分ごろ、中国方向へ飛び去った。 この間、日本側が「Y9」の動きを補足して2時間35分かかっている。「Y9」はなぜ中国軍基地から長崎の男女群島周辺にまで飛行したのか。そして、2分間の領空侵犯後、午後1時15分までの1時間44分間、男女群島周辺にとどまって飛行していたのか。 この動きを見ると、同機はまるで領空侵犯するために男女群島周辺に近づき、自衛隊機の動きや、あるいは地上の自衛隊基地が自衛隊機にどのような指示をするのかなど、緊急時の日本側の動きを探ろうとしていたと判断せざるを得ない。 中国機をめぐっては、2012年12月に中国国家海洋局の航空機1機が沖縄県・尖閣諸島の魚釣島近くで領空を侵犯した。17年5月にも同島付近で中国海警局の公船の近くを飛行していた小型無人機が領空侵犯。さらに、今年5月には中国人民解放軍の偵察・攻撃型無人機「無偵10(WZ10)」が沖縄県北部の東シナ海上空を飛行しているのが初めて確認されている。そして、今回は有人の軍用機による初めての領空侵犯だけに、中国軍のなかで何らかの変化が起きているのかもしれない。
異例の演説
実は、日本では報じられていないが、それを解くヒントとなる出来事があった。 中国共産党中央軍事委員会の機関紙「解放軍報」によれば、中国軍トップの同委主席を兼ねる習近平・国家主席が今回の事件が起こるほぼ1か月前の7月30日、党最高指導部である党政治局の集団研究会で重要演説を行った。テーマは「国境、海上および防空の強化による中国の領土主権と海洋権益擁護」である。党政治局会議で、軍の活動をテーマにした研究会が行われるのは異例だ。なぜならば、党政治局に軍人はほとんどいないからで、この演説が今回の領空侵犯や領海侵入と深い関係があるのではないかと考えられる。 習氏は演説で「近代的な国境、海、防空の建設を促進することは、国防と軍隊の近代化の本質的な要件である」と主張し、「国境、海上、防空は、国家主権の重要な象徴であり、国家安全保障の重要な玄関口であり、国家の発展の重要な保証である」と強調。そのうえで、「新時代の中国の特色を持つ社会主義の思想の指導を堅持し、国家安全保障戦略と軍事戦略の全体的な状況に根ざし、全体的な国内および国際情勢を調整しなければならない」などと結論付けている。 このように、習氏は演説で、国境、海上、防空の重要性を強調するとともに、新時代の中国の国家安全保障戦略と軍事戦略の重要性にも触れているが、このところ中国軍は2代にわたる国防相ら最高幹部が汚職で取り調べを受けているなど、軍の士気が低下している。 このようななかで、習氏は今年6月17~19日、国共内戦当時、毛沢東や周恩来ら党最高幹部らが立てこもった、中国の共産党革命の聖地、陝西省延安に軍最高幹部を集めて会議を行い、「軍の中に腐敗分子が身を隠すところが絶対にあってはならない」と強調した上で、「軍が政治面で直面している課題は複雑に錯綜(さくそう)している」との認識を示し、本来の軍務に精通すべきだとの指摘している。 そのほぼ2カ月後、つまり習氏の領土、領海、防空に関する重要演説のほぼ1カ月後に、今回の中国軍機による領空侵犯が起こっているのは偶然だろうか。軍が関係する2つの重要演説の後だけに、「否」と言わざるを得ず、今回の領空侵犯や領海侵入の背景には、習氏の意を受けた軍の現場レベルの忠誠心の現れと、とらえるのが自然なのではないだろうか。
相馬勝(そうま・まさる) 1956年生まれ。東京外国語大学中国語科卒。産経新聞社に入社後は主に外信部で中国報道に携わり、香港支局長も務めた。2010年に退社し、フリーのジャーナリストに。著書に『習近平の「反日」作戦』『中国共産党に消された人々』(第8回小学館ノンフィクション大賞優秀賞受賞)など。 デイリー新潮編集部
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