【解説】35人死亡の無差別殺傷事件で“情報統制”か…SNSには真相解明を望む声も 善良な市民が監視される中国社会
検閲され削除され続ける市民の声
一方、中国では表立って抗議することはできないが、SNSでは市民のやるせない怒りは、決して小さいものではなくなっていた。こうした状況を抑え込むため、中国当局は、事件に関するSNSへの投稿を検閲し、さらに事件に関する報道をコントロールしているとみられる。 日本であれば、これだけの犠牲者が出た事件の場合、1週間は現場で記者やカメラマンが取材を続け、連日トップニュース扱いとなるが、中国では大きく報じられることはない。繰り返しになるが、何の罪もない35人の市民の尊い命が一瞬にして奪われている大事件にも関わらずだ。SNSでは、事件の背景や中国政府の対応について問う声が上がるものの、今も当局によって削除され続けている。 現場の検証も事件の背景を伝える報道もされないまま、全てが無かったことのように時間が過ぎていく現実に対して、ある市民は「無実の人がこれだけ犠牲になったが、彼らが一体何をしたというのか」と嘆いていた。
善良な市民がさらに監視される社会
「国家の安全」を最重視する中国にとって、今回の事件は習近平指導部に衝撃を与えた。 それを裏付けるように、習近平国家主席は事件翌日の12日に、今回の事件は「性質が極めて凶悪」と述べ、「関係部門は今回の教訓をくみ取り、リスクをコントロールし、極端な事案の発生を防ぐべきだ。人民の生命、安全と社会の安定を守る必要がある」と指示を出している。経済の低迷が続く中、中国では刃物による無差別の切りつけ事件などが相次いでいる。習近平政権が恐れているのは、こうした事件への怒りの矛先が共産党や政府に向かうことだ。 香港紙サウスチャイナ・モーニング・ポストは、10月14日の記事で、「中国当局は多発する無差別殺傷事件を受け、村や町の幹部に犯罪を起こしそうな人物を洗い出すよう指示した」と報道している。事実であれば、今回の事件を受けて、この動きはさらに加速するだろう。 善良な市民が犠牲になったことで、当局によって更に市民が監視される対象となる。この事件を通して2002年に公開されたアメリカのSF映画『マイノリティ・リポート』(スティーブン・スピルバーグ監督)を思い出した。予知能力者を中心に構成されたシステムを導入し、殺人事件が起きる前に当局が「犯人」を拘束し、事件を「予防する」というストーリー設定だ。 殺人事件が起きる前に殺人事件を防ごうと、当局が常に市民を監視し続けている。今、まさに中国で、この映画のような状態が起きようとしている。 【取材・執筆:FNN北京支局 河村忠徳】
河村忠徳