逃走シーンの、臨場感と緊迫感

中盤の白眉と言えるのは、職場の沙耶香（吉岡里帆）と慎ましくも穏やかな生活を送り始めた矢先、刑事の又貫（山田孝之）に追いつめられた鏑木がマンションから飛び降りるシーン。その一部始終を長回しで撮影しており、手に汗握る臨場感と緊迫感に、「また逃げなければならない」鏑木の切なさ、沙耶香の「あなたを信じたい」想い等々の感情が加わり、ドラマティックな劇伴も相まって、圧倒されることだろう。 しかし何度も言うように、技術的に離れ業を成し遂げていても、とにかく「見やすい」。それは撮影時や編集時においても同様で、従来の藤井組の品質はそのままに“抜け感”が発達している。作り手がのめり込む姿に観客が追随するのではなく、観客がのめり込むために作り手が意識的に動いている感覚──自己愛と言い換えられるかもしれない等身大性から、よりしなやかさが増し、視野が広がった他者愛へ──。物語×芝居×感情の盛り上がりが最高潮に達するフィナーレの魅せ方然り、藤井監督×横浜のコンビは、この『正体』で明確な進化を遂げている。 先んじて行われたマスコミ試写会や一般試写会での評判がとかく良い点からも、観客サイドの“熱”を感じさせる『正体』。2024年を締めくくるメモリアルな1本となれるか、公開後の動向にも注目したい。

映画『正体』 殺人事件の容疑者として逮捕された鏑木（横浜流星）は脱走し、日本各地に潜伏する。間一髪の逃走を繰り返す鏑木を追う刑事の又貫（山田孝之）は、全国の逃走先で鏑木と出会った沙耶香（吉岡里帆）、和也（森本慎太郎）、舞に取り調べを行う。だが取り調べから浮かび上がったのは、まるで別人のような人物像だった……。 ■原作：染井為人『正体』（光文社文庫） ■出演：横浜流星、吉岡里帆、森本慎太郎、山田杏奈、前田公輝、田島亮、遠藤雄弥、宮﨑優 、森田甘路、西田尚美、山中崇、宇野祥平、駿河太郎／木野花、田中哲司、原日出子、松重豊、山田孝之 ■監督：藤井道人 ■脚本：小寺和久、藤井道人 ■配給：松竹 ■公式サイト：https://movies.shochiku.co.jp/shotai-movie 公式X：shotai_movie https://twitter.com/shotai_movie 公式 Instagram：shotai_movie https://www.instagram.com/shotai_movie ■公開：11月29日（金） ■©2024 映画「正体」製作委員会 文・SYO 編集・神谷 晃（GQ）