映画『正体』は、一級の感動サスペンスだ!──横浜流星主演で、11月29日公開
横浜流星の主演映画『正体』が、11月29日に劇場公開する。死刑判決を受けた青年の逃亡劇の見どころを、脚本から本作の制作に参加したライターのSYOがレビューする。 【写真を見る】逃走シーンは、手に汗握る臨場感と緊迫感!
横浜流星と藤井道人による、感動サスペンス
横浜流星と藤井道人。俳優と監督の垣根を越え、盟友として数々の映画・ドラマ・CM・MV等々で共闘してきた両者が、長年温めていた企画。それが11月29日公開の映画『正体』だ。 染井為人による人気小説を映画化した本作は、日本中を震撼させた一家殺人事件の容疑者として逮捕され、死刑判決を受けた青年の逃亡劇。刑務所を脱走し、次々に人相を変えて各地を転々とする鏑木(横浜)。彼の目的は一体何なのか──。藤井監督ならではの映像の圧倒的な強度と緊迫感を煽るスピード感を備えながら、鏑木を信じようとする人々の願いを丁寧に掬ったヒューマンドラマの要素も強く、公式サイトの言葉を借りるなら一級の“感動サスペンス”に仕上がっている。 筆者は藤井監督の呼びかけで脚本制作時から撮影時、編集時のフィードバック等々に携わっており、そうした意味ではフラットに本作を評することは難しい。ただ、この立場だからこそ語れることも多くあるはずだ。本稿では、少々内側の目線で紹介することをご容赦願いたい。 『正体』の最大の“強み”──それはエンタメ性であろう。ここでいうエンタメ性とは、万人に広く、かつ深く突き刺さるトータルバランス力のこと。サスペンス、ミステリー、ラブストーリー、ヒューマンドラマ、アクションといった各ジャンルの魅力を2時間に凝縮させながら、決して薄味になっておらず、それどころか藤井監督の持ち味=作家性が強く感じられ、横浜をはじめ、吉岡里帆、森本慎太郎、山田杏奈、山田孝之といった各キャストの芝居も身震いさせられるレベル──なのに、どこまでも「見やすい」。 冒頭、鏑木が刑務所を脱走するために口内を切り、救急車の中で格闘するシーンの見ごたえはすさまじい。しかし、観客が物おじせずにスッと受け入れられる画面全体の微細な調整=“歩み寄り”が施されている。本作は「ちゃんと濃いのに観る者を選ばず、感動させてしまう」奇跡的なバランスが成立しているのだ。 これは取材時などに横浜とも話したことだが──かつてないエンタメ性の予感は、まだ完成前の脚本を渡されたときから漂っていた。これまでの藤井作品はいずれも傑作だが、たとえば『ヤクザと家族 The Family』『新聞記者』『ヴィレッジ』には観る者にある種の覚悟を促すソリッドさが備わっていた。 一見、爽快なラブストーリーに思える『余命10年』や『青春18×2 君へと続く道』もその裏には深い喪失が流れていて、気軽に観られる類のものとはやや異なる。それは作品力の証であるし、気概の表れでもあるためむしろ称賛すべき部分だが、その分ほんの少し敷居を高くしてしまっているようにも個人的には感じていた。 それに対して『正体』は、「鏑木は有罪なのか? それとも無罪なのか?」という“謎”での引っ張り方、ジャンルの鮮やかな横断具合に緩急&テンポ感、各エピソードに登場する人物の感情の機微を丹念に描きながらも必要以上に掘り下げず、役者の芝居に託す距離感、物語全体に仕込まれたエモーションのうねり等々、観客の“乗せ方”が大幅に強化されていた。