フローティング・ポインツが語る音楽制作とレコードディグの原点、宇多田ヒカルとの共同作業
マンチェスターでの青春、機材やAIへの好奇心
―今作は、マンチェスターで過ごした青春時代に出会った電子音楽がベースになっているとのことですが、その頃に受容していたもので、今作に影響を与えた具体的な作品やアーティストを教えてくれますか? サム:14歳か15歳くらいの頃、インターネットはまだ普及してなくて、新しい音楽を見つけるのはラジオかレコードショップだった。ラジオは、当時イングランドで流行ってた海賊放送を聴いてた。「Piccadilly Key 103」っていう番組があって、実は「Key103」(『Cascade』2曲目)の由来になってるんだけど、夕方にはよくダンスミュージックが流れてた。レコードショップは、マンチェスター中心地の学校から徒歩2分のところにあった。Pelican Neck Recordsっていう店で、今はBoomkatに改名してる。カフェの裏側に店があってさ、オウテカやLFOのレコードをたくさん置いていた。 もう一つはFat Cityっていうレコードショップ。ラインナップはJ・ディラにオウテカとか、全部ヒップホップ。詳しかったわけじゃないけど、めちゃくちゃ聴いてた。オーナーは学校の制服でやってくる僕のことを覚えてたと思う。お金がなかったから買ったことはないけど、とにかくレコードを聴きたくて店に入り浸ってた。そういえば、今では有名なマンチェスター出身のDJ、Jon Kは当時Fat Cityで働いてたんだ。僕にたくさん音楽を教えてくれた。きっと暇潰しに遊びに来る子供だと思ってたんだろうな(笑)。今では友人だし、彼のDJはすばらしい。ピアノの先生にJon K、Fat City……彼らのおかげで今の僕の音楽がある。名前も知らない子供の僕に付き合ってくれたんだ。今ももちろんだけど、レコードショップはすごく大事な場所だった。アルゴリズムの外側にあって、スタッフの個性で作られている空間。渋谷のHMVもそう。(長谷川)賢司がいろんなレコードを紹介してくれて、そのおかげで新しい音楽と出会うことができてるよ。 ―8曲目の「Tilt Shift」について、個人的にはオウテカへのオマージュなのかなと思いましたが、確実にあなたらしさと現代性を感じるフレッシュな楽曲でもあり、私のフェイバリットトラックです。彼らの存在は、マンキュニアンとしてのあなたにとって、かなり大きいのでしょうか? サム:若い頃は彼らの音楽をよく聴いてた。きっと自分とは別世界の存在だから興味があるのかも。だけど、そういうふうには意識してなかった。最後のトラックだっけ? ―後ろから2つ目ですね。 サム:タイトルを忘れちゃってさ(笑)。早いやつだっけ? ―ええ。 サム:今回初めてSOMAのPULSAR-23っていうドラムマシンを使ったんだ。別にオウテカは意識してなかったけど(笑)。彼らの音楽は……別の惑星の存在っていえばいいのかな。どうやってあのサウンドを作っているのか、いまだに理解できない。あの不変性とサウンドの追求には感嘆する。 ―5曲目の「Afflecks Palace」というタイトルは、マンチェスターにあるカルチャーの拠点ともいうべき名所に由来してますよね。音楽ファンとしても、フットボールファンとしても、いつか行きたいと思っているのですが、ここはあなたにとってどんな場所なのですか? サム:それも学校の近所だった。オルタナティブマーケットみたいな場所で、たぶんみんなウィード目的で来てたんだ。レコードショップもたくさんあったよ。Factory Recordsが真正面にあって、Fat City、Eastern Bloc、Piccadilly Records、Kingbee Records……いろんなレコードショップが密集してた。みんなが自然と集まる場所だったから、Afflecks Palaceは僕のお気に入りだった。建物自体はまだあるけど、当時とはすっかり変わっちゃったな。 ―なぜこの場所をモチーフにし、どのように音楽で表現しようとしたのででしょう? サム:それは18歳にマンチェスターを離れてからのこと。帰省時にマンチェスター駅で降りて少し歩くと、通り沿いにAfflecks Palaceが見えてくるんだ。何度も目にしてきたから記憶に残っていて、ある日ふとAfflecks Palaceをモチーフに入れようと思いついた。子供の頃の僕にとって、マンチェスターはいろんなトラブルが起こる場所だった。市内の学校に通っていて、僕はお世辞にもいいとは言えない郊外の街に住んでた。学校までの道のりでいろんな奴にからまれてさ、大体ピカデリーのあたりだった。そんな出来事がなんだか懐かしくなって。深夜の帰り道、何かが狂っていく予感……そういったダークさを含んだ音楽を作ろうと思ったんだ。 ―この曲に参加したステラ・モズガワ(ウォーペイント)には、どのようなドラミングを注文したのでしょうか? サム:ステラは昔からの友人だ。彼女の家が(米カリフォルニア州)ジョシュア・ツリーにあって、数週間パートナーと一緒に彼女の家を訪ねていた。アルバムの大半はそこでレコーディングしたんだ。ステラが家に帰ってきたある日、一緒にデイヴ・キャッチング(クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジのギタリスト)が建てたスタジオ、Rancho De La Lunaを訪ねたんだ。トラックと後半のドラムのアイディアはすでにあって、彼女もビートを気に入ってくれたから、早速ProToolsに入れて、ステラは別室にスタンバイして、彼女には「最後にめちゃくちゃ長いフィルがほしい」とだけ伝えた。それを彼女はワンテイクでやったんだ、たった一回で終了。そのあとはランチに出かけた(笑)。 ―すごい(笑)。 サム:なんだかおかしくなっちゃってさ、実はレコーディングの最後、彼女の笑い声が入ってたんだ。でもそれはカットした。リアルすぎるから(笑)。 ―「Tilt Shift」や「Afflecks Palace」のように、ブレイクビーツの脱構築を図るような楽曲が増えてきているように思います。今年で言えばヴィーガンもそうですし、ジェイムス・ブレイクとリル・ヨッティのコラボ作、 ジェイミーxxの新作でもそのような楽曲がありましたが、この動きをどう見ていますか? サム:どうだろう、大きな文脈で彼らの動きを見ようとしたことがないのかも。特別意識したことはないな……僕は好きな音楽をただ作ってるだけ。もちろん友人たちの音楽から影響を受けているだろうし、音楽以外の影響ももちろん。考えたことはなかったけど、たしかにそうだね。 ―実は最近、あなたの友人でもあるジェイミーxxにも話を聴いたんですが、奇遇にも一週違いでリリースされる『In Waves』も“波”をモチーフにしていて、彼もティーンの頃の感覚に立ち返って作ったと話しており、2つの作品に多くの共通点を感じました。 サム:それは知らなかった(笑)。彼にあとで連絡するよ。次は同じ波長でやろうって(笑)! ―あなたの音楽でもしばしば耳にするグリッチサウンドですが、非常に快楽的な聴覚効果だと思います。あなたがグリッチという聴覚効果に関して持っているフィロソフィーを教えてください。 サム:MIDIのサンプルとサウンドを自動生成するシンセサイザーをよく使ってるんだけど、このプロジェクトでは、MIDIをオーディオに変換して使った。オーディオだけの作業ってハサミで切り刻むような感じでーーそれが君の言うグリッチサウンドだと思うんだけど、オーディオファイルだけでいろんなことができる。僕は新しいソフトウェアもMetaSynthみたいな古いソフトウェアも好きで、最近は写真をオーディオに変換できたりもするんだ。オーディオはMIDIよりも情報が多くて面白い実験ができるよ。 ―今作で最も感銘を受けたのは、作品全体としてビートの質感が非常に生々しくワイルドで、なかでも最初にシングルリリースされた3曲のキックには驚かされっぱなしでした。どこからサンプルを持ってきたのか、サウンドメイクで新たに試みたことを教えてください。 サム:全部シンセサイザーで作ったんだ。自分のサウンドをMIDIに変換してサンプルにすることはあるけど、めったに他人の音源のサンプリングはしなくて、いつも自分で作ってる。大体はOberheim SEMで作って、あとはシンセサイザーのソフトウェアを使った。 ―何か新しいアプローチはありましたか? サム:水中でのレコーディングかな。水中マイクでレコーディングしてサンプリングしたんだ。あとは新しいシンセサイザーを大量に使った。VSTだと、スウェーデンのSynplantが今のお気に入り。取り込んだサウンドをドラッグ操作でソフトウェアに入れると、波形で再現してくれるんだ。シンセサイザーがサウンドを作り出して、ピッチも調整自由。まさに、サウンドシンセシスにおけるAI技術のはじまりだね。この分野にはすごく興味があって、AI技術はオリジナルのデータセットを作るのにぴったりなんだ。探求したい世界を自分で作り出せるし、その世界を越えていくことだってできる。AIの可能性を理解できてようやく、AIでうまく遊べるようになると思う。探求するのが難しいと思われていたものに踏み込むことができるようになるから。