東大が授業料値上げ 大学の学費はだれが負担すべきなのか? 筑波大学長と早稲田大総長が提言
大学の授業料はだれが負担すべきか?
――国立大学の授業料は標準額(53万5800円)の1.2倍の64万2960円まで、各大学の判断で引き上げることができることになっています。これについて、日本私立大学連盟(私大連)は24年8月に、この上限規制を撤廃するよう求める提言を発表しました。それについてはどう思われますか。 永田学長:全国の国立大学には平均所得の低い県からも、高い東京都からも学生が来ます。もし授業料を一律150万円に引き上げたら、所得の低い県では家計支出の約7割に相当してしまいます。やはり経済的な負担に関しては、国がやるべきことだと思います。 大学によって授業料に差をつけると、教育内容にも差が出ます。それは1948年の新制国立大学設置の考え方(11原則)や、2003年制定の国立大学法人法の趣旨に反することになります。国立大学の使命は、日本中どこにいても、移動しなくても、同じレベルの高い教育を受けられることだという考え方があり、これをどう満たすかが非常に難しいのです。 では、法律を変えて、授業料の上限を撤廃したらどうなるかというと、国立大学が私学化していきます。学生定員の規制をやめて学生を増やしたり、寄付税制を変えたりして、多くの学生を入れてお金を稼ごうとする大学も出てきます。国立大学とは何かを問われ、国立大学をやめろという議論になるのは必然です。
教育国債も検討すべき?
――私大連の提言の資料によれば、学生1人に対して国が出しているお金は国立のほうがずっと多くて、私立の11.2倍です。この違いが教育格差、経済格差を生んでいるのではないかと指摘しています。 田中総長:日本という国は、高度成長期で高等教育を受ける人を増やさないといけなかった時に、国立大学の定員は厳格に守らせて、私立大学に頼りました。国は大学生数を増やすべき時代に国立大の数を増やさず、私立に頼ったのです。日本の大学は、ドイツやフランスとは全く違い、アメリカ型です。私立大学への国の教育費補助は各大学ともランニングコストの10パーセント未満ですが、国立大学は約60パーセントが国からの運営費交付金で動いています。私立に負担を強いてきたことも考え直さないといけないと思います。国立大学の財政は限界だから授業料を上げることは必要でしょうし、貸与型ではなく返済不要の給付型の奨学金を用意するべきです。卒業後に奨学金の返済に苦しんでいる人がとても多いです。 ――給付型奨学金の制限年収の上限を上げるといったことにも力を入れていくべきでしょうか。 田中総長:そうですね。世帯年収380万円未満の家庭にはかなりの金額の修学支援がありますが、その上の年収380万円から1000万円ぐらいのボリュームゾーンは、修学支援がないから苦しいのです。各大学の奨学金に頼るしかありません。 かつては私立大学が実施する授業料減免(という形の奨学金)には国から2分の1の助成が出ていましたが、なくなりました。私立大学が給付型奨学金を維持できなくなってその数を減らしたら、私立大学への進学が難しくなります。国立大学に行こうとしても、定員が限られています。国からの給付型奨学金をもっと増やさないと、日本で高等教育を受ける人の数がどんどん減ってしまいます。 ――私大連の提言の中では、給付型奨学金などの財源として、2兆円の「教育国債」の発行も提案しています。教育国債については、どうお考えですか。 永田学長:国の役割を教育国債という形で明確に表明するので、私は大賛成です。国債は将来への借金と言われますが、教育については投資ですよ。大学教育を受けた人たちは、将来、国をつくっていくのに役立ちますから、40年国債だったら間違いなくリターンがあります。教育にかける国の費用全体をもっと上げるべきだと思います。 永田恭介(ながた・きょうすけ)/筑波大学学長。専門は分子生物学、ウイルス学、構造生物化学。東京大学薬学部卒、同大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)。米国留学後、国立遺伝学研究所分子遺伝研究部門助手、東京工業大学(現・東京科学大学)大学院生命理工学研究科助教授、筑波大学基礎医学系教授などを経て、2013年から現職。国立大学協会会長などを務める。 田中愛治(たなか・あいじ)/早稲田大学総長。専門は政治学。早稲田大学政治経済学部卒、米国オハイオ州立大学大学院政治学研究科博士課程修了。Ph.D.(政治学博士)。東洋英和女学院大学助教授、青山学院大学教授、早稲田大学政治経済学術院教授、International Political Science Association(世界政治学会)President(会長)などを経て、2018年から現職。日本私立大学連盟会長、日本私立大学団体連合会会長、全私学連合代表などを務める。 (文=仲宇佐ゆり、写真=今村拓馬)
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