新日本酒紀行「萌芽」
● 師の思いと技と縁を受け継ぎ、進化させた芽生えの酒 酒造りの技術は誰のものでもない、皆で共有すべきだとあえて技術を公開したのが、天の戸醸造元である浅舞酒造の元杜氏、故森谷康市さん。その技と精神を受け継ぎ生まれた酒が、大納川(だいながわ)の萌芽だ。原料米は森谷さんの三男友樹さんの会社a.baseが作り、森谷さんのまな弟子で、大納川で副杜氏を務める鈴木圭さんが醸した。「森谷さんから、農業も酒造も全力投球でと教わり、胸を張って飲んでもらえる酒を醸しました」(鈴木さん)。 【写真】「酒造りのこだわり」はこちら! 1000年以上の試行錯誤を経た日本酒醸造技術は、極めて複雑で巧妙な作業の連続だ。杜氏は他人より良い酒を造るため、自身の技術の核心は秘匿した。杜氏が代われば味が変わるのは当たり前。それを否定したのが森谷さんだ。酒造技術を自蔵はもちろん、県内外の造り手に惜しげもなく伝え、森谷イズムが広まった。 鈴木さんは、中学時代に森谷さんの著書『夏田冬蔵』をラジオで聞いて感動し、酒造の道へ。縁あり森谷さんに会い、2004年に浅舞酒造に入社した。19年の森谷さん早逝後に退職。その後、当時の大納川社長、田中文悟さんに熱く請われて蔵入りし、山内(さんない)杜氏の試験にも合格。いつか森谷さんに習った酒を形にしたいと願ううち、森谷さんを尊敬する現社長の稲上憲二さんと思いが合致。「酒造りの現場では農業を、畑にいると酒造りを思い出す、まさに夏田冬蔵です。私は畑なので、夏畑冬蔵ですが」(鈴木さん)。森谷さんのまいた縁が四方八方つながって、今もその精神が生き続ける。
(酒食ジャーナリスト 山本洋子) ※週刊ダイヤモンド2024年12月7日号より転載
山本洋子