「300:29:1」ハインリッヒの法則【シン自動車性能論】
日本の自動車研究の泰斗として数々の研究成果を挙げてこられた小口泰平先生が、21世紀の自動車性能論を書き下ろす。名付けて『シン自動車性能論』である。第10回のテーマは「ハインリッヒの法則」である。 TEXT:小口泰平(OGUCHI Yasuhei) ハインリッヒのレポートを拝見したのは、今から65年も前の1960年頃でした。何とその30年ほど前に、今日からすれば95年前(1929年)に発表されていたのです。 当時、クルマの安全研究を生涯の道と定め、最初に学んだのがこのレポートでした。モノづくり日本が胎動し始め、クルマの研究といえば内燃機関か運動性能でして、安全研究など無視の時代でした。当時、東大平尾教授の腰巾着として警察庁の会議に出席、自動車交通事故急増の報告があり、その実態に仰天。これを契機に、警察庁の事故実態調査に参加、安全運転研究センター設立支援、全国各県庁等の安全運転指導者講習の講演なども。その折には、このハインリッヒの研究を紹介させていただいた次第です。当時、交通事故死者は年間1万人を超えていましたので、今日の2千人台とは格段の相違です。 この法則に加え、当時アメリカのマシンデザイン誌の事故記事レポ-トによりますと、 (1)1km運転する間に意識して見るのは300回 (2)その間に判断を要する状況は13回 (3)間違った判断は3kmに1回 (4)間一髪は800kmに1回 (5)衝突は10万kmに1回 (6)傷害事故は70万kmに1回 (7)死亡事故は2600万kmに1回 とのこと。時代は移り、交通環境の向上によって事故の大幅な減少が実現しているため、今日ではこの数値も大きく変わっていることでしょう。そもそも確率とは、過去の経験を数理によって取り扱う一定の「確からしさ」を表したもので、これらの科学的な裏付けを活用して、より安全な社会を実現しようとする知恵のひとつなのです。しかしながら、一度であろうとも重大な人身事故を起こしてしまいますと「人としての道」を失うことになります。統計以前の問題としてくれぐれも心したいものです。かつて、水と安全は「只」(ただ)、無料という想いがありましたが、とりわけ安全は高価にして重要不可欠なこととなのです。その昔、パリに出かけた折、水は買って飲むものと現地の教授に諭されたことを思い出し、今日の日本もこの道に向かい始めつつありますが、安全はなおのことです。クルマの事故は、ともすると、偶然のように思い込むことだけは避けて、そこには確とした蓋然性が存在していることを、シッカリと受け止めたいものです。主観的安全は程々にして、客観的な安全の道を歩んでまいりましょう。
小口 泰平