今年も「M-1グランプリ」の季節がやってきた! 2024年の決勝進出9組を総ざらい!【前編】エバース・真空ジェシカ・ジョックロック
2024年の決勝進出9組をわかりやすく解説する。その前編。 【写真の記事を読む】2024年の決勝進出9組をわかりやすく解説する。その前編。
20回目の矜持
真っ黒な画面に白い文字で「2001年12月25日 午後6時30分」。今現在、手元で確認できる『M‐1グランプリ』第一回の映像はそんな画から始まっている。この年の司会者のひとりにして創設者である島田紳助は、会場となった東京メディアシティの玄関口で「外は寒いですけど、中はすごいですよ。もうね、1603組のベスト10が集まってるわけですから」と最初の言葉を口にした。 『M‐1』が生まれた背景には、「漫才の凋落」があったとされる。1980年代の漫才ブームが去った後、“古くさい演芸”とみなされていた漫才に再びスポットライトを──それこそが創設者たちが描いたビジョンだったというのが通説だ。 それから23年の歳月が経った。『M‐1』は今年、第20回を迎える。「『M‐1』に出たくて芸人になった」と語る若手芸人たちの中には、そんな立ち上げの経緯など知らない者も多いだろう。無理もない。1603組という数字がバリューを持っていた時代は遠い過去だ。2015年の再開以来、エントリー総数は毎年増え続け、今年とうとう大台を突破して1万330組に達した。『M‐1』を熱源として漫才熱は高まり続けている。 コロナ禍を境目として、お笑いはそれまで以上に日常に入り込んだ。配信でもリアルでも手頃な価格でライブが観られること、毎日開催されるライブ数の多さ、地上波に頼らずともYouTubeやPodcast、その他SNSを通じて芸人が自らコンテンツを提供できるメディア環境……お笑い界で起こっている出来事を日々追いかけようとすると、時間がどんどん溶けていく。 『M‐1』もこの流れを加速させている。予選動画のYouTube配信、ファンコミュニティの創設、オリジナルラジオ番組、書籍、放送終了直後の各種配信企画と、本編以外の関連コンテンツは増える一方だ。秋冬のお笑いファンは忙しい。 20回という回数を重ね、『M‐1』も、それを取り巻くお笑い界の状況もすっかり変容した。それでも第1回から変わらないものがひとつだけ存在する。「審査基準:とにかくおもしろい漫才」であること。この1行は、現在も閲覧可能な第1回大会のWebページにもはっきりと記されている。 「とにかくおもしろい」とは何か? この言葉は実のところ、ひどく曖昧だ。今年は審査員の顔ぶれが一新された。昨年の並びからサンドウィッチマン富澤たけし、ダウンタウン松本人志、山田邦子の名が消え、アンタッチャブル柴田英嗣、オードリー若林正恭、かまいたち山内健司、NON STYLE石田明、笑い飯・哲夫の5人が登板。これに続投となる海原ともこ、ナイツ塙宣之、中川家・礼二、博多大吉を加えた9人体制となる。9人それぞれに評価軸は異なるだろう。それでも「とにかくおもしろい」1組を1万330組の中から決定する。どだい無謀なこの目論見こそが、『M‐1』をこれほどの祭りたらしめてきた。 今年、この賛辞の栄光に浴するのはどのコンビなのか。2024年12月22日午後6時30分、メモリアルな一戦が幕を開ける。 エバース 佐々木隆史/町田和樹 所属:吉本興業(東京) 結成:2016年 昨年初めて準決勝まで勝ち進み、敗者復活戦に出場する。勝ち残りタイマン形式の戦いで、彼らの前の出番はトム・ブラウンだった。詳細は後述するが猟奇的かつ奇抜すぎるネタに会場は沸き、その余韻が残る荒れた場にエバースが登場。ツッコミの町田の下半身をケンタウロスに改造するという、こちらもこちらで奇抜だが安定したしゃべくり漫才で見事勝利を収めた。勝ち上がりこそできなかったものの、大会終了後、とろサーモン久保田やマヂカルラブリーら歴代王者、テレビプロデューサーの佐久間宣行氏など業界関係者がこぞって大絶賛。ケンタウロスの蹄は深く痕を残した。 その結果、今年は出演ライブのチケットが軒並み入手困難になり、単独ライブは当然即完、配信が3063枚売れる人気者に。さらに『ツギクル芸人グランプリ』(フジテレビ)、『ABCお笑いグランプリ』(ABC)、『NHK新人お笑い大賞』(NHK)、「マイナビ Laughter Nightチャンピオン大会」と、4大会で決勝に出場する。『NHK新人お笑い大賞』では大賞を手にした。 順風満帆だったように見えるが、今回の決勝進出決定後、ネタ作りを担う佐々木は「今年行かないと『コケた』って言われそう」と危機感があったことを吐露している(stand.fm『エバースのモンキー125cc』#199より)。「『M‐1』決勝最有力候補」という期待を背負って過ごす1年の重圧は計り知れない。そのプレッシャーに打ち勝ち、最も立ちたかった場所にたどり着いた。 ネタの面白さもさることながら、町田の人間性を佐々木が追及する平場のやりとりも魅力のひとつ。ここからブレイクの道を突き進むことだろう。 真空ジェシカ ガク/川北茂澄 所属:人力舎 結成:2012年 4年連続4度目と、今年のファイナリストの中で決勝経験回数は最多。ただしこれまでの成績は6位、5位、5位と、ファイナルラウンドには残れずに敗退している。2021年に審査員だった上沼恵美子から「もっと笑いたかったですね。自分がついていってないのがもどかしい」と評されたように、ボケの細部が年配層には伝わらないところも多いのではないか、と見られてきた。昨年のネタはNON STYLE石田が「彼ら本来の漫才を少しわかりやすいほうに寄せていたように感じました」(マガジンハウス『答え合わせ』より)と評しており、基本的なスタイルは変えずに徐々に照準を合わせてきているのだろう。前述の通り今年は審査員の顔ぶれが代わり、平均年齢は53歳から48.2歳に若返った。この変化を追い風にしたいところだ。 なお、『M‐1』といえば舞台裏に密着カメラがついて回り、芸人たちの“素顔”を映し撮ることでおなじみ。特にファイナリスト経験者にはカメラがベタ付きになるが、一切真面目な顔をしない川北と熱い画を撮りたい密着カメラマンの間では毎年攻防戦が繰り広げられている。過去には楽屋で「弁当の蓋が開かなくて困る」というボケを繰り返す川北に対し、業を煮やしたカメラマンがその顔だけを映して「おかげさまで本番前の苦悶の表情が撮れました」と皮肉を言うという事件も勃発。4度目の正直で頂きに立ち、制作者の苦労がしのばれる『アナザーストーリー』が観られるか。 ジョックロック 福本ユウショウ/ゆうじろー 所属:吉本興業(大阪) 結成:2022年 結成から約2年半の速さで決勝の舞台まで駆け上がった。ユニットだったおいでやすこがを除くと、歴代ファイナリスト中キングコングに次いでコンビ歴が短い。ただし芸歴はメガネをかけたツッコミの福本が12年目、リーゼントヘアのボケのゆうじろーが5年目と各々それなりに積んでいる。芸歴差7年、年齢は10歳差と、この数字も歴代ファイナリストの中では記録的だ。 独特なポーズと抑揚を効かせたツッコミが特徴の漫才コント。マイク前で腰を落として体をひねるポーズは、決勝進出者記者会見でさっそく真空ジェシカ川北に真似られていた。ポーズと言い方に目が行きがちだが、実はそこで放たれるツッコミのワードは大喜利的な強さも持っている。 なかなか芽が出ないままピンで活動していた福本が、現在のツッコミのスタイルを考案した上で一緒にやってくれる相方を探し、ゆうじろーと巡り合ったという経緯がある。目論見は当たり、結成1年目の昨年、早くも『NHK新人お笑い大賞』(NHK)で準優勝と頭角を現した。今年は夏に「今宮子供えびすマンザイ新人コンクール」で大賞を受賞した後、再び『NHK新人お笑い大賞』決勝に出場。「去年よりも笑いの取り方が深くなっている」と審査員から激賞されるも最終決戦でエバースに敗れた。さらに「マイナビ Laughter Nightチャンピオン大会」にも出場し、関東の若手中心の大会で存在感を示す。平場の実力はまだまだ未知数。決勝の場でネタ以外にもどんな活躍を見せてくれるか期待がかかる。 ダイタク 吉本大/吉本拓 所属:吉本興業(東京) 結成:2009年 写真を見ればわかる通り、一卵性の双子漫才師。「東京吉本芸人の父」と称されるライブ作家・山田ナビスコ氏の秘蔵っ子であり、同氏の薫陶を受けて育った漫才師たちの兄貴分として知られる。磨き上げた双子ネタはもとより、立ち姿からハケ際の足の動かし方まで所作の細部が美しい。さらにネタ中に織り込まれたちょっとしたマイムの巧さも一級品だ。以前、だし巻き玉子をつくるくだりをライブで観たことがあるが、2人の背後に赤ちょうちんの厨房が浮かび上がって見えるようだった。 「『酒飲んでギャンブルやってばっかで、でも実はめちゃくちゃ面白い』ってほうが芸人の生き様としての格好良さがあると思ってるんで」(2021年7月1日掲載「月刊芸人」より)とうそぶき、賞レースに対する熱い姿勢は顕にしてこなかった。それでもやはり、準決勝の壁を超えられない悔しさは胸に刻まれていたのだろう。ラストイヤーの今年、決勝進出者として名前を呼ばれると涙をこぼした。そして本人たち以上に喜びを爆発させたのが居合わせた後輩たちだ。オズワルドやダンビラムーチョらが2人に駆け寄り、歓喜の輪が自然発生。ダイタクの『M‐1』決勝出場は東京吉本漫才師たちの悲願だった。 見分け方のポイントは、輪郭がややふっくらしているのが兄の大、泣きぼくろがあるのが弟の拓。ただ、似ていれば似ているほど面白いというネタの性質上、決勝に向けてより似せる努力をしてきかねない。「向かって左が大、右が拓」とまずは立ち位置で覚えよう。
文・斎藤 岬 編集・高杉賢太郎(GQ) ©M-1グランプリ事務局
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