真田丸ついに最終回へ 大阪の神社が幸村奉納軍旗18日に公開
真田丸ついに最終回へ 大阪の神社が幸村奉納軍旗18日に公開 撮影:岡村雅之 編集:柳曽文隆 THEPAGE大阪
真田幸村(信繁)ゆかりの神社として知られる大阪市平野区の志紀長吉神社があす18日、大坂夏の陣で幸村が奉納した軍旗を特別公開する。赤地に黒で六文銭が描かれた軍旗は、戦闘で焼かれて一部が破損し、火縄銃の銃弾が貫通した痕跡も生々しい。 幸村の契約金は7億5000万円? 歴史フォーラムで真田丸秘話
火縄銃が貫通した痕跡も生々しく
軍旗は社宝のため、通常は非公開。毎年、正月の2日間と5月の幸村公戦勝祈願祭開催時のみ特別公開されてきたが、今年はNHK大河ドラマ「真田丸」放送を記念して毎月1回公開されてきた。今月は「真田丸」が最終回を迎える18日、今年最後の公開となる。 社務所のガラスケースに軍旗が展示されている。長さ約2・4メートルで、幅約30センチ。全体が薄茶色にくすんでいるが、奉納当時は「真田の赤備え」にふさわしい鮮やかな朱色だったと推定される。 戦闘で焼かれて一部が破損し、火縄銃の銃弾が貫通した痕跡も生々しい。六文銭の紋章に「永楽通宝」と通貨名までが克明に描き込まれた真田の軍旗は、全国的にも珍しい。
疲れ果て志紀長吉神社へ辿り着く幸村
1615年(慶長20)5月6日、大坂夏の陣で真田隊は豊臣方の主力部隊として道明寺へ出撃。幸村は小松山で盟友の後藤又兵衛らを失った後も、徳川方の大軍相手に善戦。 しかし、大坂城から救援要請が届いたため、豊臣方のしんがりを務めながら退却を図るうちに疲れ果て、志紀長吉神社に辿り着く。 兵を休ませ、幸村自身も馬から降りて参拝。軍旗を奉納して戦勝を祈願する。すると、突然霧が立ち込め、真田隊は霧に身を隠して徳川方の追撃を振り払うことができた。一夜明けた7日、豊臣方の苦戦が避けられない中、幸村は家康本陣へ向けて突撃を繰り返す。
冷静さを取り戻し新たな気力がよみがえる幸村
奉納軍旗とともに注目したいのが、同神社の大鳥居そばにある幸村休憩所の石碑。1935年に建立されたもので、次のような文言が記されている。 「ご神徳を讃え奉りて幸村 家が思う心の内の霧晴れて 神の利益(りやく)に任せこそすれ」 軍旗を奉納して祈願することで、「真田家の行く末に思い悩んできたが、霧が晴れるように心が穏やかになった。神に身を任せよう」という幸村の清々しい心境が読み取れる。 幸村の文言は写し文を掛け軸にして、社務所で軍旗とともに展示。疲れ果てた幸村が態勢を立て直し、家康の本陣攻撃に全力を注ぐ。幸村に何が起きたのか。鈴木理美宮司が幸村の心境に思いをはせる。 「神に祈るひとときを持つことで、心の揺らぎを抑え、自分を取り戻すことができます。幸村公も厳しい戦いをしばし忘れて、わずかでも心身ともに安らいだ。やがて冷静になって戦況を分析し、明日は家康公を相手に最後の戦いを挑もう。新たな気力がみなぎったのではないでしょうか」 危機に面しても動じない。冷静に活路を探る。現代人にも生きるヒントになりそうだ。 奉納軍旗の公開は18日午前10時から午後4時まで。来年1月2日、3日にも特別公開される。詳しくは志紀長吉神社の公式サイトで。 (文責・岡村雅之/関西ライター名鑑)