「収入の割合で言うたら、テレビは最下位」それでも、さらば青春の光・森田がテレビに出たい理由
コラボはするけど一線は引いている
――さらば青春の光としては、2018年に6度目となる『キングオブコント』決勝に進出しながらも、以降は賞レースに出ないと宣言しました。ここはひとつ転機だったと思うのですが。 転機でした。もう賞レースには出ませんって言ったら、なぜかテレビ出演が急に増えたんですよ。ネタを大事にするコント師、みたいなイメージがなくなったからなんですかね。 ――2018年以降、次の転機でいうと、YouTubeの登録者数が増えていく時期? ですね。時期としてはコロナ禍です。無観客ライブの配信とかも広まる中で、視聴者の目がネットに向かって、YouTubeの再生数も増えました。あとは、あの時期、テレビのバラエティも感染対策で思うようにいかなかったじゃないですか。スタジオのアクリル板とか、リモートで繋いだりとか、ロケに行ってもフェイスシールド付けたりとか。 そういう中で、僕らは個人事務所というのもあり、外には迷惑かけないように、身内だけでけっこう自由にやれたんですよ。その自由さが、しんどい状況でも、なんとか明るい気持ちになれるって思ってもらえたのかなって。なので、あの時期にネットとの親和性は初めて感じました。 ――YouTuberやほかのチャンネルとのコラボについては、どう考えていますか。 オファーがあって、相手のチャンネルに呼ばれるぶんには、よっぽど変な企画じゃなければ出ます。ただ、その相手を自分たちのチャンネルにも出てもらうかって言ったら、そこは一線引いてますね。 出てもらう場合は、その人に出てもらわないと成立しない、よっぽどおもしろい企画が思いついた時だけ。その基準はYouTuberに限らず、芸人とのコラボでも同じです。別にもったいぶってるわけじゃなく、そこまで領土を広げたくないんですよ、なんか感覚として。
さらば青春の光としての代表作がほしい
――YouTubeでの思いきった企画やキャラクターが評判になったあと、そこからさらに、森田さんはテレビのゴールデンタイムの番組『ダウンタウンDX』や、朝の番組『ラヴィット!』にも呼ばれるようになっていくわけですが、そのシフトチェンジはどのように? シフトチェンジもなにも、こっちとしては、YouTubeでもけっこう無茶なことしているわりに、ちゃんとした番組にも呼んでくれるのなんなん?って思ってました、正直。呼ばれたからには全力でやりますけど、絶対に出たいとかも思ってなかったんで。 なので、放送される時間帯は当然意識しますけど、大きくキャラを変えたりとはしてないんです。よく言われていることですが、自分のやりたいこと、できると思っていることと、まわりからの需要っていうのは必ずしも一致するわけやないんやなって思いますね。 ――さらば青春の光として、今後こういうことがやりたい、というのは? そこまで真剣に考えてるわけじゃなく、ぼんやりとですが、いつか代表作ができるといいなと思ってます。僕ら『キングオブコント』の決勝に行ったり、YouTubeとかで徐々に名前を知ってもらえるようにはなりましたけど、これで一気に、みたいな代表作がないんですよ。別にそれは冠番組とかじゃなく、なんかの企画でも、さらば青春の光といえばこれっていう。 というのも、今バカリズムさんがMCの『私のバカせまい史』という番組を一緒にやらせてもらっていて、バカリズムさんの力の入れ方がハンパじゃないんです。あの方は芸人としてはもちろん、脚本家としても『ブラッシュアップライフ』とかの代表作がありますけど、『私のバカせまい史』はバラエティの代表作にしたいんだろなっていうのを感じるんです。 僕はいろんな番組には呼ばれてますけど、ひとつの番組とか企画にここまで時間と労力をかけたことってないよなって、単純にそう思ったんですよね。 ――では最後に。相方の東ブクロさんには、今後どうなってほしいとかありますか? 何もないです。あるとしたら、とばないでほしい。それ以上は何も望みません。たとえ逮捕されたとしても、出所する瞬間を撮影させてくれたら、それでいいです。 取材・文/おぐらりゅうじ 撮影/石垣星児 ――― さらば青春の光・森田哲矢●2008年、相方の東ブクロと「さらば青春の光」を結成。2011年、「第32回ABCお笑い新人グランプリ」の優秀新人賞を受賞し、2012年「キングオブコント」では準優勝。2013年、2014年、2015年、2017年、2018年にもキンオブコント決勝に進出している。2013年5月に冠番組「さらば青春の光 ふぁいなる」(TOKYO MX)が放送開始。同年10月に個人事務所「ザ・森東」を設立。森田はフィンランド発祥のスポーツ・モルックの日本代表としても活躍している。
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