群像新人文学賞・豊永浩平さん 沖縄に生まれ、沖縄を知らなかった。ここから始めないと、この先書けない 「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」#20
小説家志望のライター・清繭子が、小説の公募新人賞受賞者に歯噛みしながら突撃取材する。なぜこの人は小説家になれたのか、(そして、なぜ私はなれないのか)を探求し、“小説を書く”とは、“小説家になる”とは、に迫る。今回の「小説家になった人」は、「月ぬ走いや、馬ぬ走い(ちちぬはいや、うんまぬはい)」が第67回群像新人文学賞に選ばれた豊永浩平さん。21歳の若さで書いた本作は、第46回野間文芸新人賞にも選ばれた。沖縄で生まれ育った豊永さんにとって、この小説は「小説家になるため」に必要な出発点だという――。 豊永浩平さん写真集
【あらすじ】
第67回群像新人文学賞 受賞作「月ぬ走いや、馬ぬ走い」 沖縄、お盆のある日、ぼくはかなちゃんに〈こく白〉をしようとかんがえる。ニライカナイからご先祖さまたちがくるから行ってはいけないと言われていた海で、78年前に死んだ兵隊さんに出会う。恩賜の軍刀で敵兵を狙う彼の独白はやがて、生理中でイラつく女子高生のぼやきへと続き――。過去と現代の14の語りで紡がれる沖縄の暴力と性、戦争。
純文学の入り口は学校のプリント
新人賞受賞者のプロフィールを見るとき、まず年齢を確認してしまう。群像新人文学賞を受賞した豊永浩平さんは弱冠21歳。今も琉球大学に通い、卒論に追われているという現役の大学生だ。今年42歳の私にとっては自分の子どもであってもおかしくない年齢で、くじけそうになる。きっとZ世代ならではの瑞々しい感性が爆発した、中年では逆立ちしたって真似のできない小説を書くんだろう……。 ところが、受賞作『月ぬ走いや、馬ぬ走い』を読んで豊永さんへの嫉妬は吹き飛んだ。この小説、作者の若さはほとんど関係ない。じつに堂に入った重厚な物語なのだ。 小説との出会いは中学生のとき。 「入学時に村上春樹の『沈黙』や開高健の『パニック』といった短編のプリントが配られたんです。そこから小説の面白さを知り、授業で習った夏目漱石や芥川龍之介、三島由紀夫などを図書館で借りて読むようになりました」 読むうちに自分も書いてみたくなった。 「はじめて書いたのは、ミステリー。探偵役と助手役がいて、氷のついたラケットで人を殴ってその氷が溶けると指紋がなくなって……という王道ものです。思いついて書き出しはするものの、結局一編も完成させられませんでした」 転機となったのは、高校生となり、中上健次の「紀州熊野サーガ」と呼ばれる土着的な作品世界に触れたこと。 「それまではどんな映画やアニメも、鉄道が走っていたり、雪が降ったりしていて沖縄とは違う場所の物語で距離があったんです。中上さんの土地を題材にした作品と出会い、自分の原風景を小説に書きたいと思うようになりました。同じくフォーク(folk=民族的)な作品を書く大江健三郎さんにもがっつりハマりました」