群像新人文学賞・豊永浩平さん 沖縄に生まれ、沖縄を知らなかった。ここから始めないと、この先書けない 「小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。」#20
Xで下読みを募集
受賞の知らせを受けたときの状況は。 「〇時に当落の連絡があります、というのは聞いていたので、その日は予定を入れずに一人、車の中で電話を待っていました。言われた時間から10分、15分と過ぎていき、あ、これは落ちたんだなと思って帰ろうとしたところで電話が来て、ビックリしました。最初はめちゃくちゃ嬉しかったんですが、5分くらい経って、そういえばこれで小説家になっちゃったんだ、やっていけるのかな、本当に小説家になったのかな、と実感がありませんでした」 振り返ってみて、なぜこの作品は受賞できたと思いますか。 「腰を据えてやれたからかなと思います。14の断片から成る本作ですが、最初の、幼馴染みのかなちゃんに告白しようとする幼い〈ぼく〉を書いたあとは、2~3か月ひたすら資料を探していました。それぞれの語りにふさわしい文体を探して、軍人さんだったら、当時発布されていた軍の資料を参考にしたり。先行する文学作品を自分なりに転換して、エピソードに組み込んだりもしました。そのうちに話もどんどん膨らんでいって、改行がないことをよく質問されるのですが、あれは制限枚数の250枚に収めるための苦肉の策だったんです(笑)」 終始、落ち着いた語り口の豊永さん。小説家になりたい人へのアドバイスを聞くと、はじめて若者らしい顔がのぞいた。 「僕はXで下読みさんを募集して、読んでもらったのが自信になりました。もともとは周りに文芸好きがいなくて、Xで〈#名刺代わりの小説10選〉というハッシュタグをつけて投稿したら、みんなフォローしてくれて、文芸仲間がたくさんできたんです。日比野コレコさんとは彼女のデビュー前からXで知り合いでした。同年代の日比野さんが18歳で受賞した時は、自分もその次の列に並ぼう、とやる気になりました。『月ぬ走いや、馬ぬ走い』は10人くらいに読んでもらったかな。自分が書いたものがちゃんと成立している、読めるものになっている、ということに手ごたえを感じました。下読み募集、おすすめですよ」 そしてもう一つ。 「この作品は、〈沖縄に生まれた自分〉というものを深掘りしていたら、ちがう人の語りが入ってきて物語の鉱脈を掘り当てた、という感じがあります。自分の来歴とか好きなこと、楽しいことを一回まるっと再検討してみたら、なにかいい題材が見つかるかもしれません」 この先も沖縄を書き続けますか。 「とくに決めていませんが、沖縄について書きたいことはまだあります。そして3~4作目で他の土地のことも書きたい。そのためにも大学を卒業したら、上京するつもりです」 『月ぬ走いや、馬ぬ走い』を書くことは自分の根っこを洗い出す作業だった、と言う。この若木はすくすくとどこまでも伸びていくのだろう。 私も自分の根っこをよく見てみよう。来歴を辿り、原風景を捉え、根っこを洗い出せたなら、私もまだまだ新しくなれる気がした。 <豊永浩平(とよなが・こうへい)さんプロフィール> 2003年沖縄県生まれ。21歳。琉球大学人文社会学部に在学中。「月ぬ走いや、馬ぬ走い」で第67回群像新人文学賞、ならびに第46回野間文芸新人賞を受賞。この春から上京予定で、在京作家たちから家賃の高さや住みやすい街など色々アドバイスをもらっているところ。 (文:清 繭子)
インフォメーション
群像新人文学賞 講談社が主宰する新人賞。これまで村上龍、村上春樹、高橋源一郎、島本理生、村田沙耶香、乗代雄介などが受賞。次回、第69回の選考委員は、朝吹真理子、島田雅彦、藤野可織、古川日出男、町田康の5名。 【賞】賞金50万円(複数受賞の場合は分割) 【枚数】400字詰原稿用紙で70枚以上250枚以内 【締切】WEBの場合は2025年10月15日24時まで。郵送の場合は10月31日(当日消印有効)まで。 そのほか詳細はホームページで。https://gunzou.kodansha.co.jp/awards
朝日新聞社(好書好日)