通天閣近く履物店店主はジャズ専門レーベルオーナーと二足のわらじ!?
コンセプトは「聴いて心地よかったらええやんか」
通天閣近く履物店店主はジャズ専門レーベルオーナーと二足のわらじ!?
創業100年を超える老舗履物店の4代目店主にして、ジャズ専門レーベルのオーナー。伝統文化を支える家業を受け継ぎながら「聴いて心地よかったらええやんか」というコンセプトのもと、未知の分野に手探りで挑み続ける。文字通り二足のわらじを履く澤野由明さんを、大阪市浪速区の新世界にたずねた。
発酵を学び履物店を受け継ぎジャズへ進出
通天閣を足元から見上げる澤野さんの店舗には、不思議な趣が漂う。店頭では下駄(げた)や雪駄(せった)がショーウインドーを飾り、店内に入ると、CDが所狭しと並ぶ。 履物小売店「さわの」と、ジャズCD制作販売会社「澤野工房」が仲良く同居する。下駄とジャズ。ミスマッチなコラボレーションに、海外から訪れるジャズプレーヤーたちも、「ファンタスティック!」と賛辞を惜しまない。 創業は1914年。花の都パリのまちづくりを模して作られた新世界の移ろいを、草創期から知っている老舗だ。澤野さんは1950年生まれ。関東地方の国立大学で発酵工学を専攻した後大阪へ戻り、3代目店主の父から商いの薫陶を受ける。 1970年代、履物販売にさほど展望は感じられないものの、家業を絶やすわけにはいかない。4代目候補として顧客の応対に追われ、履物に関する商品知識をたたき込みながらも、心のよりどころは青春の炎を燃やしたジャズだった。 80年、澤野工房の前身にあたる会社を設立。日本のジャズをヨーロッパに紹介する仕事を始めた後、ジャズのレコード制作へ進出。手応えは感じるものの、軌道に乗るまでには至らない。 「下駄屋をやっていなかったら、ご飯を食べられないので、ジャズを投げ出したかもしれませんね」と謙虚に振り返る澤野さん。ジャズ専門レーベルのオーナーといえば、舌鋒鋭い論客のイメージを描きがちだが、口調は穏やかで物腰も柔らかい。
「聴き手の快感」と「作り手の責任」を融合
最初の20年近くは履物がメーン。「ジャズは沈みっ放しの潜水艦状態」だったが、98年、突如ジャズ部門が水面に浮上。「澤野という人間がジャズの世界にいた痕跡ぐらい残そう」と、背水の陣で手掛けたCDが注目を浴び、余勢を駆ってヒット作品を連発する。 一時はモダンジャズCD部門の売り上げで、澤野工房のリリース作品が複数ランキングするほどの快挙を成し遂げた。澤野さんは慢心することなく、足元を見つめ直す。 「ジャズに対する情熱をずっと持ち続けていたんですが、思いだけがやや先走りしていたかもしれません。やがて、『聴いて心地よかったらええやんか』と、開き直ることで肩の力が抜けた。18年かかって、ようやく私とお客さんの目線が合ったんやと思います」(澤野さん) フランチェスカ・タンドイ・トリオの「ウィンド・ダンス」。主力の「アトリエ澤野」レーベル150作目の記念すべき最新作だ。フランチェスカ・タンドイはイタリア出身で、オランダを拠点に活動する新進ピアニスト兼シンガー。弾むピアノ演奏と情感豊かな歌声が心に響く。 オランダで録音した音源をドイツでCD化し、大阪から内外へ向けて発信している。澤野さんは「聴き手の感動」と「作り手の責任」のハイレベルな融合を目指し、「音源管理からジャケットデザインまで厳しくチェックする」姿勢を貫く。