【大人の群馬旅】本と音楽とアートの居場所で非日常に浸る
豊かな風土に彩られた日本には、独自の「地方カルチャー」が存在。そんな“ローカルトレジャー”を、クリエイティブ・ディレクターの樺澤貴子が探す本連載。この夏向かったのは、近年アートの街としても注目が集まる群馬県前橋市。つい急ぎ足になりがちな日常を、一度立ち止まって見つめ直したい──そんな気持ちになるブックストアを訪ねた 【大人の群馬旅】前橋で非日常に浸るアンティーク店
《BUY》「フリッツ・アートセンター」 心に風が通る、本と音楽とアートの居場所
旅から帰ると、東京での日常がいかに“ここだけ”のものかと感じられ、自分が“別の次元”から戻ってきたような不思議な感覚に包まれることがある。前橋の旅の最後に訪れた「フリッツ・アートセンター」を思い返すと、不思議な時間の流れを感じる“別次元”だった。 アートと冠するからにはギャラリーかと思いきや、本あり音楽あり、入り口には毎日違うコーヒーロースターがいて、敷地内の建物には薪窯でパンを焼く店やヴィンテージの家具店、チェコスロバキアの雑貨店などもある。ひと言では括り難い多様性に満ちた場所なのだ。
利根川に沿って広がる河川敷と敷島公園の間に、忽然とドーム型の建物が現れたのは1985年のこと。社会の中で孤立が深まる地域コミュニティを、「アート的な感性で繋げたい」という思いから、「フリッツ・アートセンター」は船出した。プロジェクトを率いるのは小見純一さん。好奇心の向かう世界を旅して、20代後半で出身地である前橋に戻り、当時誰も考えが及ばなかった“街全体をアートの場とする”ことに挑んだ。
当初は「パリ滞在中にお金がなくて食べられなかった、ホテル・リッツのオムレツを再現」するカフェとしてスタート。その後、ブックストアを礎としながら市街のアーケード内を映画館に、商店街を美術館に、百貨店跡地を劇場にと─── デジタル化が加速する世の中から逆行するように、かといって昭和ノスタルジーでもない、人の温もりが通う文化をひとつひとつ積み上げていった。
2019年、辿り着いたコンセプトは“絵本みたいな場所”。15架ある本棚には、随所に絵本作家の荒井良二さんやミロコマチコさんたちによるライブペイントが施され、絵本や詩集をはじめ、小見さんが目を通した本が並ぶ。新刊本には全て透明なOPPカバーが、古書には半透明のグラシン紙が掛けられている。それを見ただけで、ここに並ぶ本が単に売られているモノではなく、誰かの手から“受け継がれたモノ”であり、また誰かの手に渡るモノなのだと感じられた。奥の展示スペースでは絵本原画展を開催。訪れた子どもたち(もちろん大人でも)が作家へメッセージを送ることができるポストが設置されていた。小見さんの言葉を借りると、ここは“役に立たない本屋”なのだという。道徳を諭したり、学びのツールや目的ごとにラベリングされた本を置くのではなく、不確定な自分を映す一冊と遭遇する場所なのだという。