「走るサイコロ」、ホンダ・エレメント。実は「走る監視小屋」が開発テーマだった 【迷車のツボ】
連載【迷車のツボ】第9回 ホンダ・エレメント 世界初のガソリン自動車が生まれてすでに140年以上。その長い自動車史のなかには、ほんの一瞬だけ現れては、短い間で消えていった悲運のクルマたちも多い。自動車ジャーナリスト・佐野弘宗氏の連載「迷車のツボ」では、そんな一部のモノ好き(?)だけが知る愛すべき"迷車"たちをご紹介したい。 【写真】観音開きのセミ4ドアで驚異の“突き抜け空間”が出現! * * * というわけで、今回取り上げるのは、2003年4月に国内発売された「ホンダ・エレメント」である。 エレメント最大のツボといえば、その「サイコロ」(?)のような特異な縦横比のプロポーションだ。スリーサイズは全長4300mm、全幅1815mm、全高1790mm。全長は当時のシビックとほぼ同じなのに、全幅はレジェンドよりも大きい......という極端なショート&ワイド。しかも、全幅と全高はほぼ同じなので、前や後ろから見ると正方形に近かった。 エレメントが発売された2003年春といえば、1990年代後半からのミニバンブームも一段落して、セダン中心だった20世紀的なクルマ世界も明らかに転換しつつあった。 そんな新しい時代を象徴するクルマがSUVだったのだ。当時のホンダも、定番のCR-Vに加えて、コンパクトで若々しいHR-V、トヨタ・ハリアー対抗馬のMDX、さらには軽自動車のZ......と、さまざまな新種SUVを世に問うていた。しかし、CR-V以外、販売はどれも芳しいとはいえないのが実状だった。 そんななかで生み出されたのがエレメントである。発端はホンダの四輪事業の屋台骨となっているアメリカ市場だ。 当時のアメリカで販売されていたホンダSUVは、CR-Vとその上級のパイロット、そして高級車ブランドのアキュラMDX。日本では十分に立派な車格のCR-Vも、日本とスケール感のちがうアメリカでは独身女性や主婦が乗っているイメージが強かった。いっぽうで、CR-Vの上級に位置づけられたパイロットやそのアキュラ版のMDXは、いわばオジサングルマと捉えられてしまっていた。 つまり、20世紀ならシビックのスポーツモデルやプレリュードにカッコつけて乗っていたような20代男性に好適なSUVが、当時のアメリカにはなかったのだ。そこで「とにかくCR-Vとパイロット/MDXの間にSUVをつくれ!」との大号令のもと、アメリカホンダで開発されたのがエレメントだった。 エレメントがターゲットとしたのは、20代の若者のなかでも、海や山のアウトドア趣味に熱心なアクティブ層。そこで、デザインも海岸でよく見かけるライフガードステーション(=ライフセーバー用の監視小屋)モチーフとした。当時の資料によると、自分たちの遊び場を守るライフガードは、アメリカの若者にとっては"身近な英雄"だったんだとか。 その独特のプロポーションも、独身男性を意識した商品企画と無関係ではない。あくまで若者の遊びグルマなので、全長はコンパクトで軽快なカッコよさは必須だが、遊び道具をたくさん積むので、室内空間は広くなければならない。ファミリーカーではないので本格的な4ドアは不要だけれど、大きな荷物を出し入れするドアの開口部は大きい方がいい。だから、センターピラー(=ボディ中央の柱)レスの観音開きセミ4ドアとして、前後1550mm×上下1140mmという大開口を実現。しかも、そのドアは90度近くまで開いた。 エレメントが発売された20年前の感覚だと、1.8m超という全幅も日本では"大きすぎ"といわざるを得なかった。ただ、主要市場はあくまでアメリカで、企画からデザイン、開発、そして生産まですべてアメリカでおこなわれたからだろう。日本市場での使い勝手は二の次にされたっぽい。こういう明らかに「ヘン!」といわれそうなクルマを、いきなり思いついたように世に出すところが、伝統的なホンダらしさでもあった。 というわけで、エレメントは当時の日本では明らかにヘンなクルマの類ではあったけれど、そのヘンさが、独特の楽しさや気持ちよさのツボを尽くクルマでもあった。