「走るサイコロ」、ホンダ・エレメント。実は「走る監視小屋」が開発テーマだった 【迷車のツボ】
たとえば、内外装はハッキリと安っぽかったが、それはこの大きさにして、シビックなどと同等の1.6万ドル前後(当時のレートで200万円以下)という若者向け価格をねらっていたからでもある。それに、ボディの下半身を樹脂で覆うグラッディング(=肉盛り)処理は、安っぽくはあってもツールっぽいタフ感があったし、内装にはミニバンづくりで鍛えた小物入れが豊富に設けられていた。 大開口ドアの影響もあってか、ボディがちょっとガタピシするクセは否定できなかったし、背高ボディを安全に走らせるためか、アシまわりもはっきりと硬く、乗り心地も高級とはいえなかった。それでも、左右のドアを開け放ったときの気持ちよさは格別で、いかにも楽しい乗り物感がただよっていた。 また、後席収納を一般的な前倒し式でなく、あえて左右跳ね上げ式にしたところも面白かった。後席を収納すると、前後長1900mmにも達する真っ平のスペース(しかも全面樹脂フロア)が出現。一般的なサーフボードやマウンテンバイクを積むことができたし、その気になれば車中泊もラクラクだったのだ。 実際、エレメントは2002年末に先行発売されたアメリカで、初年度に計画(年間5万台)を大きく超える6.7万台以上を売り上げるスマッシュヒットを記録。それ以降も根強く売れて、最終的には2011年まで販売された。アメリカでの累計販売台数は32万台以上だった。 対して、月間1000台(年間1.2万台)の計画でアメリカから輸入された日本では、発売当初から販売好調とはいえず、2年後の2005年6月にマイナーチェンジされるも、その年の12月には国内販売を終了してしまった。 日本での人気が盛り上がらなかった理由は、先述のように日本ではちょっと大きすぎた全幅に加えて、259万円(税別)とアメリカより高くなった価格もあったろう。それは日本仕様がATの4WDのみ(アメリカにはMTやFFもあった)で、装備も充実させた結果でもあった。しかし、当時のシビックはセダンのRSで160万円台、タイプRでも222万円。それより上質なインテグラが通常モデルで180万円台中心だったことを考えると、アメリカより割高感があったのは否めない。 もっとも、世のクルマがSUVだらけとなった現代なら、エレメントのような個性派SUVが売れる可能性も、当時よりはあるかもしれない。しかし、今は電気自動車時代に向けた生き残り競争に忙しく、こんなイロモノグルマ(失礼!)をやっている場合ではないのかも......。と、迷車と名車は、ほんのちょっとツボがずれただけの紙一重だ。 【スペック】2003年 ホンダ・エレメント 全長×全幅×全高:4300×1815×1790mm ホイールベース:2575mm 車両重量:1560kg エンジン:水冷直列4気筒DOHC・2354cc 変速機:4AT 最高出力:160ps/5500rpm 最大トルク:218Nm/4500rpm 燃費(10・15モード):10.6km/L 乗車定員:5名 車両本体価格(2003年4月発売時)259万円 文/佐野弘宗 写真/ホンダ