道頓堀で異彩を放つ「上方浮世絵館」の夫婦人情物語
華やかな劇場街だった道頓堀の芝居文化を残したい
江戸時代の道頓堀には、角座(かどざ)・浪花座(なにわざ)・中座(なかざ)・朝日座(あさひざ)・弁天座(べんてんざ)という劇場があり、それらを取り巻く多くの芝居小屋が立ち並んでいた。道頓堀は、NYのブロードウェイのような街だったのだ。 多くの役者が切磋琢磨(せっさたくま)し、舞台で芸を競い合った後は、タニマチ衆らとそぞろ歩きを楽しんだことだろう。こうした風情は平成の初めごろまでは残っていて、このあたりを歩く歌舞伎俳優や映画俳優の姿を、征子さんもよく見かけたという。 時代は変わり、朝日座と弁天座は昭和の時代に消滅、中座・浪花座・角座も平成に入って姿を消した。しかし征子さんは、道頓堀が華やかな劇場街であったことを、その芝居文化を象徴する上方の浮世絵を、何としても後世に伝えたいと思った。それで、かつて千両役者らが行き交った道頓堀千日前の一角に、「上方浮世絵館」を建てたのだ。
金の成る木を作っておくから、世のため人のためになる仕事をしなさい
「自分は金の成る木を作っておくから、世のため人のためになる仕事をしなさいと、そう言うて主人は亡くなりました。それで残してくれたのが、法善寺の門前にあるこの土地です。何をしたらいいやろうと色々考えましたが、主人が言う、世のため、人のためになる仕事は、これしかない、と思ったんです」 織田作之助の小説『夫婦善哉』の柳吉(りゅうきち)は、うだつの上がらぬボンボンで、しっかり者の蝶子(ちょうこ)が支えてやらないと生きていけない典型的な上方男の「つっころばし」だ。でも、征子さんのご主人・一郎さんは、柳吉とは正反対の、何とまあ「実(じつ)」のある男はんなんやろう。「金の成る木を残しとくから、世のため人のためになる仕事をしなさい」なんて、カッコよすぎやしませんか。 「上方浮世絵館」誕生にまつわる一郎さんと征子さんの物語。オダサクの『夫婦善哉』とは趣きも内容も異なるけれど、法善寺を舞台に夫婦の絆を描いた現代版『夫婦善哉』ではないやろか。 征子さんは今日も、「上方浮世絵館」にやってくるお客様を笑顔で迎えている。 *********************** 〒542-0076 大阪市中央区難波1丁目6-4 上方浮世絵館 電話:06-6211-0303 http://kamigata.jp/kmgt/ 上方浮世絵館Youtubeチャンネル https://www.youtube.com/channel/UCoIBKlqok_4cuev7Q3Y8YJw
関 真弓