IT訴訟解説:保守で見つかった不具合の責任を争った裁判「OSやミドルウェア由来の不具合まで、わが社のせいにしないでください」
新年明けましておめでとうございます。旧年中も本連載を多くの方々にお読みいただき誠にありがとうございました。 AI(人工知能)の急速な普及などを見ても、ITの世界の発展や変化は目覚ましいものがありますが、IT紛争の世界はというと、相変わらずベンダーとユーザーが約束を守っていない、責任を果たしていないという応酬であり、どうやらこうしたことはアジャイルであろうとクラウドであろうとあまり変化がないように思います。 結局のところ技術がいかに進歩しても、それを扱うのが人間である以上、言った言わない、やるやらないという争いは避けようがないのかもしれません。 IT自体はロジカルかつ正確な世界であってもそれを人間が作るとなった途端、抜け漏れや勘違い、感情的なえぐれから逃れることはできず、またそれらを全て予防できるようなチェックリストもツールも存在しません。 だからこそ私たちは、過去に先達が直面した人間臭く、時には非論理的な問題を自分ごととして捉え、未来に生かすことが大切なのだとの思いを新たにしているところです。 本年もよろしくお願いいたします。
開発時の責任範囲と保守管理時の責任範囲
新年第1回は、保守管理フェーズに入ったシステムにおける責任分担に関する裁判を紹介する。 システムを開発したベンダーがそのままシステムの保守も請け負うことはよくあるが、契約の内容によってはその責任範囲が開発時と変化してしまうことがある。 例えば発注者であるユーザー企業がシステムのOSやミドルウェアを別途手配し、ベンダーはその上にアプリケーションを開発した場合、同じベンダーがシステムの保守管理を請け負ったはいいが、システムが正常に動作しなかった場合、そしてその原因がOSやミドルウェアにある場合、保守管理を請け負ったベンダーはどこまでの責任を負うのであろうか。 無論、保守管理の契約を締結する際に、責任範囲が明確に文書化されていれば問題はない。しかし実際には、そうした細かい取り決めなどは行わず、作業時間と人員、そして基本的な業務内容だけが記された契約書や発注書が取り交わされる場合も多い。 そうしたシステムが正常に動作しなかったとき、保守管理を請け負ったベンダーは「アプリケーションの正常動作にだけ」責任を負うのか、それとも「システム全体の正常動作」に責任を負うのか、どちら契約上の「債務」なのだろうか。 事件の概要から見ていこう。 --- 広島高等裁判所 平成14年12月24日判決より 特別養護老人ホームを運営する社会福祉法人(以下、ユーザー企業)が、財務会計、固定資産管理、栄養給食管理などのシステムの導入、およびその保守管理契約をベンダーと締結し、ベンダーはこれに従って開発を実施後、同システムの保守管理を実施していた。なお、開発に当たって、ハードウェアおよび必要ソフトウェア(OS、ミドルウェアなど)については、ユーザー企業が別途プロバイダーとリース契約を結んで導入した。 しかしながら、開発したシステムは正常に動作せず、保守管理の各システムについては全く役に立たないものしか作成できず、ベンダーによる保守管理作業においても問題は解決しなかった。ユーザー企業はシステムの不具合についてはベンダーの保守管理作業で解決するのが契約上の債務であるとして損害賠償を求めたが、ベンダーは不具合の原因にはユーザー企業が別途契約したソフトウェアにも原因があり、それらは保守管理作業の責任範囲ではないと反論した。 出典:裁判所Webサイト 事件番号 平成15(ネ)329 --- この裁判には他に幾つも論点があり、それがまた複雑に影響し合っているので、判決文はここに示したようなシンプルな問題ではないのだが、読者に役立ちそうなところを抽出し、つなぎ合わせて紹介したことはご容赦いただきたい。