プジョーとは違うのだよ! シトロエンらしくないシトロエン?【パリ レトロモビル2024】
「シトロエンらしくないシトロエン」のオーナー
前述のおじさんたちについて再び触れれば、メッセ周辺でも興奮覚めやらないのか、愛好する自動車ブランドや、レーシングチームのロゴ入りワッペンを貼ったブルゾンでうろうろしている。 パリではディズニーランド・パリでの感動が忘れられない人たちが、ミッキーマウスのカチューシャをしたまま地下鉄に乗っているが、その親父版だ。 それはともかく、今回メーカーの支援が得られず自主参加した「クラブ・シトロエン・フランス」を訪れたときだ。1台のモデルに筆者の目は釘付けになった。 1981年「LNA“エレン”」である。このクルマ、本来はプジョーとして開発され、1972年に「プジョー104」として発売された。74年、そのプジョーの傘下にシトロエンが収まる。そして同ブランドから76年に発売されたのがシトロエンLN、のちのLNAであった。両ブランドにとって、初の姉妹車であった。 LN/LNAのベースとなったプジョー104はデザインこそピニンファリーナのパオロ・マルティンによるものだった。だが、基本的機構は、プジョー譲りの保守的なものだった。そのため、たとえシトロエン「2CV」のエンジンを搭載した仕様があっても、アヴァンギャルドな歴代車種に惹かれてきたシトロエン愛好家にとっては失望以外の何者でもなかった。プジョーの軍門に下った屈辱の象徴だったのだ。 ゆえに、従来レトロモビルでも積極的に取り上げられることは稀だった。そうしたなか、今回なぜLNAが? オーナーを探すと、ひとりの男性が現れた。ウッディー・シェットカットさんは、愛車よりも10年近く若い1992年生まれ。2024年で32歳だ。 LNAは約15年車庫に眠っていた個体で、1年半前に発見したという。「旧オーナーと最初に交渉したときは、価格で折りあいませんでした」と振り返る。しかし最終的に、彼の情熱が伝わり、譲ってもらえたという。
プジョーとは違うのだよ
「人々からあまり評価されなかったモデルだからこそ、好きになってしまうんです」と自己分析するウッディーさん。「コンパクトなので運転が簡単。かつカート風の操縦感覚もいいんです」とLNAの美点を語る。筆者が思うに、いずれも今日の自動車では、なかなか得られないポイントだ。加えて、LNAは、86年まで10年にわたって生産された。シトロエン史のなかで、旧態化した2CVやディアーヌを立派に補完したのである。 室内を覗けば、ステアリングは当時のシトロエンにおいて定番だった1本スポークである。シートには、カフェで見かけるような藤張り椅子を模した柄がプリントされている。「プジョー104にはない意匠です」とウッディーさんは解説する。たとえ吸収されてもシトロエンはパリ生まれ。東部発祥のプジョーとは違うのだ、という往年のデザイナーの心意気が感じられる。 不人気車でも、古いクルマには、たびたび発見がある。彼のような人物によって、約半世紀続くこのイベントが、まだまだ盛り上がってくれることを望む。 ■在イタリア ジャーナリスト/コラムニスト 大矢アキオ ロレンツォ/Akio Lorenzo OYA 音大でヴァイオリンを専攻。日本の大学院で比較芸術学を、イタリアの大学院で文化史を修める。『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)、『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)など著書・訳書多数。シエナ在住。NHKラジオ深夜便ではリポーターとしても活躍中。
文・写真= 大矢アキオ ロレンツォ(Akio Lorenzo OYA)