『チャレンジャーズ』若さという呪縛、人生の短さからの爽快な離陸
人生の短さについて
「テニスがタシの初恋だった。テニスが彼女に強さと力を与え、今の彼女を作った」(ゼンデイヤ)* かつて天才テニスプレイヤーだったタシは、試合中の大怪我のせいで選手人生を絶たれてしまう。タシは公私にわたってアートと組むことで人生の自己実現を図る。彼女にとってテニスこそがすべてなのだ。『チャレンジャーズ』の脚本は『パスト ライブス/再会』(23)の監督セリーヌ・ソンのパートナーであるジャスティン・クリツケスが手掛けている。偶然にも『パスト ライブス/再会』(23)と同じように、人生において仕事を第一に選んだヒロインが描かれている。 本作にはタシを中心とするアートとパトリックの三角関係だけでなく、アスリート人生の短さが描かれている。アスリート人生の短さが、若さの喪失、人生の短さと重なっていく。テニスとは何か?という質問をされたタシは、テニスとは対戦相手との関係性のことであり、自分が彼方へいなくなってしまうものと答えている。自分が消えていなくなってしまうほどの情熱。おそらくゼンデイヤはタシにとってのテニスコートを、自分にとっての撮影現場という“ステージ”、人前で演じることになぞらえて役に取り組んでいる。そしてルカ・グァダニーノはここに二つの官能性を見出している。タシにとっての自分を超克するものはテニスであり、アートにとってのそれはタシとの恋愛だった。どちらが正しいということではない。ここには人生のすべて、若さのすべてを何かに捧げることの情熱的な官能性だけがある。ルカ・グァダニーノの映画にとって人生の短さとは、すべてを捧げる情熱であり官能性のことなのだ。ティーンの恋人たちによるカニバリズムを描いた前作『ボーンズ アンド オール』(22)は、その意味で極めてルカ・グァダニーノ的な作品だったといえる。 ダブルスを組んでいた10代の頃のアートとパトリックは、“ファイアー&アイス”というコンビ名を名乗り、抱き合って喜びを分かち合うほど仲のよい二人だった。若さを謳歌する二人の無邪気な姿には『君の名前で僕を呼んで』(17)のエリオ(ティモシー・シャラメ)のイメージが重なる。ワイルドな魅力があるパトリック。茶目っ気があって誠実そうなアート。二人の流す汗が、抜群のコンビネーションによるテニスの試合が、なによりテニスボールを打ち返すときの爽快な打撃音が、若いエネルギーを描く上で多大な相乗効果となっている。 30代になったパトリックは大会のために泊まるホテル代もないほど生活に苦しんでいる。アートはタシというテニスの、そして人生の“指導者”を得て、世界的な選手になっていく。映画は30代になった二人の2019年の対決を軸に、三人の過去を掘り下げていく。本作にはかつての天才アスリートたちが年を重ねることが描かれている。アートは自分のアスリート人生が終わりに近づいていることを知っている。それは大切なタシとの別れが近いことを意味している。タシにとってテニスがすべてであることを、アートは悲しいくらいに知っている。実存的な危機によってアートは不調の季節を過ごしている。